16


名前がオレのことを拒否しなかった。つまりこれは、もう…略奪だとか言われても構わねぇ。名前をまたオレのモンにしたい。いや、するって決めた。しかしこれからどうする。次の展開を考えていなかった。このまま帰るってのも変だし…なんて考えていると名前は下を向いてくしゅんと小さくクシャミをした。


「…寒ィよな」
「うん…ちょっと冷えてきたかも」
「シャワー浴びて来いよ」
「そうする…。隆くんも次シャワー使ってね」
「いいよオレは。着替えねーし」
「部屋着用に使ってるメンズのTシャツあるからそれ貸すよ。下は…そんなに濡れてなさそうだからドライヤーで乾かそ」

上がって待っててね、と言うと名前はすぐ風呂に入っていった。とりあえずびしょ濡れで気持ち悪ィからカットソーと靴下は廊下で脱いでタオルで軽く体を拭いた。


「…きったねぇ部屋だなほんと」

リビングに入ると足の踏み場もあまりないほどの散らかりようだった。とりあえず床に落ちてる本や鞄などは勝手に片付けさせてもらった。畳まれていない洗濯物も下着類以外は畳んでベッドの上に重ねておく。これだけでだいぶ部屋は片付いた。

「あー…っくそ、どうすんだよオレ…」

名前も未だにオレに気持ちがあるのは分かった。でもアイツは今付き合ってる奴がいる。なのに部屋に上がって更に風呂まで借りようってんだ。バレたら名前が彼氏に浮気だなんだって責められるに決まってる。アイツを悪者になんてしたくねぇのに…。


「隆くん。このカットソーと靴下洗って乾燥機かけようか」
「えっ?あ、いいのか?」
「うん。シャワーもどうぞ。着替えと新しいタオル置いておくね」
「サンキュー」

熱いシャワーを頭から被りながら考えた。冷静になるんだオレ。家に上げたってことは名前も何かあってもいいと思ってるんだろう。もうアイツとは数えきれない程ヤった間柄だ。正直変な躊躇いとかはない。でもなぁ…。

浴室から出ると、バスタオルとメンズのTシャツとそれから…未開封のボクサーパンツが置いてあった。これはあの彼氏が予備にでも買ってここに置いていた物なんだと思うと、一気に現実に戻される。アイツには男がいる。一線を越えちまうと正真正銘の浮気になるからやっぱり駄目だ。



「シャワーありがと」
「はぁい。ちょっと待ってね、もうすぐズボン乾くから…」
「いいよ生乾きでも。てか名前まだ自分の髪乾かしてねーじゃん」
「これ乾いたら乾かすよ」
「オレの服なんていいから。折角シャワー浴びたんだからすぐ乾かせよ」

無理やりドライヤーを奪ってオレは名前の髪を乾かし始めた。トリートメントをしているからか、指通りが良い綺麗な髪だった。高校生の時よりだいぶ短いせいもあり昔ほど傷んでもねぇし。なんだよ、すっかり綺麗なオネーサンになっちまいやがって。こんなんじゃ本当に周りの男も放っておかねぇだろ。

「ありがとう。隆くんも髪乾かしてね」
「おー」
「あ、あと部屋も片付けてくれて…なんかごめんね」
「気にすんな」

名前はオレが手をつけられなかった残りの片付けを始めた。テレビも音楽も何もつけない部屋の中ではオレのドライヤーの音だけが鳴り響く。何を話せばいいか分からなかった。一番話したかったのは「オレ達これからどーする?」って事だが、これに至ってはオレの中でもまだ答えも何も出ていない。


「お酒飲む?」

髪とスラックスのドライヤーが終わると、名前は冷蔵庫を開けながら聞いて来た。

「何あんの?」
「スーパードライ、プレモル、カシオレ、白桃サワー、スミノフ」
「じゃあスミノフ」
「えっやだ私がスミノフ飲みたい」
「じゃあ聞くなよ!いーよオレ、スーパードライ貰うわ」

名前はごめんと笑いながらグラスと酒とつまみを持ってきた。オレがグラスを傾けるとすぐにビールを注いでくれる。コイツに酒を注いでもらうなんて初めてなはずなのに、何故か当たり前の光景のように見えた。

「初めてだね隆くんと飲むの」
「だな」
「でもなんか初めてな感じしない」
「オレもそれ今思ってた」
「ほんと?気が合うね。それじゃ…乾杯」
「乾杯」

これほどビールが美味く感じた事はなかった。これが名前が注いだからだとしたら、オレはとんでもなく単純で馬鹿でチョロい男だと思う。そんな筈ねーんだけどなぁオレ。なんか名前とこうやって居ると気が緩みすぎて情けない奴になりそうだ。

「飲む?スミノフ」
「いーよ、名前飲みたかったんだろ」
「でも隆くんも飲みたがってた。少し飲みなよ」

名前は無理やり口元にスミノフのボトルを押し付けて来たので一口、二口貰った。たかが間接キス、されど間接キス。そういえば名前と4年ぶりに再会してからまだキスはできていなかった。……そう、こんなボトルを介してするのはキスじゃねぇ。オレは何かが吹っ切れたかのように名前の後頭部を押さえつけ唇をぶつけた。

「…んっ」

少し声を漏らすコイツがどうしようもなく可愛くて愛しくて、角度を変えて何度も唇を合わせた。そうしてると嫌でも分かる、めきめきと膨れ上がってくる性欲の存在が。だめだ、だめだと自分に抑制をかけるが体が言うことを聞かない。

「名前…」
「隆くん…」
「名前…」

何回も名前を呼んだ。この空白の4年間を埋めるかのように。名前もそれに応えてくれている。あぁもうクソが、どうにでもなれ。名前の体を抱えてベッドに運び自分の下に組み敷いた。

「ちょっ、ちょっと…ごめん、だめ」
「あ?」
「それ以上はちょっと……」
「…ここまで来てそれ言う?なに、やっぱオレにそんな気はないって事?家上げてシャワー貸して酒提供してキスまでして。オマエそれなかなかひでぇぞ」
「ごめんなさい…あのでもそう意味じゃなくって」
「無理やりする気なんて更々ねぇけどさ。そもそもオマエだって乗り気だったろ」
「隆くんごめん…ほんと早めに言うべきでした。…今日、生理です」
「………は?」
「こういう雰囲気になる前に伝えるべきだったかもしれないけど、そもそもこういう雰囲気になる間柄でもないのに自己申告するのもなぁって…」
「…早く言ってくれ、頼む」
「だから言いづらくって…」

これは……別に名前が謝ることじゃねぇ。言いづらかったのも分かるしオレが勝手に勘違いして責め立てただけだ。…情けねー。やっぱコイツといると情けない自分の一面が出てくる。しかしここまで盛り立てておいて生理って…いや仕方ねぇけどなんだよこの展開どうしてくれんだよコレ。


「なんかさ、あの時と似てるね。初めてエッチしようとした時急だったからゴムなくって、隆くんめっちゃがっくりしててクソ!とか言いながらベッド叩いてた時。覚えてる?」
「覚えてる。あんとき並みに今も悔しいけどな。あー、てか今日もゴム持ってなかったわ」
「…うん、そうだね」

間があった。これは名前が嘘つく時の癖だ。つまりはコイツはゴムを持ってる。そりゃそうか、この間彼氏泊まりに来てたし、やらねぇわけないよな。そうか、名前が、彼氏と……

「名前、オレと別れてから何人付き合った?」
「え?何急に。えっと、1人かな」
「ふーーん…じゃあヤった事あるのはオレ以外だと今の彼氏か」
「何その言い方…」
「普通にムカつく。オレ以外の男が名前に触ったとか、裸見たとか。想像するだけで反吐が出そう」
「そんな…隆くんだって、あの後付き合った子一人ぐらいいるでしょ?」
「うん、ほんとに一人。しかもオマエと声が似てる子。まあ外見も中身も全然似てなかったけど。でもなんかあの声だけで、オレこの子なら好きになれるかもって思ったんだ」
「……」
「女々しいと思うだろ」
「ううん…正直嬉しい」

名前は寝転んだままだった体を起こしてオレに向き合って座った。そしてオレの手を握ってオレの目を見て来た。


「ごめんね…四年前、あんな別れ方しちゃって」
「別に…オレにも原因あったし」
「遠距離になったからって夢に向かって頑張ってるあなたを応援できなかったのは私の落ち度だよ。あんな終わり方にしちゃったこと、ずっと後悔してた」
「…ずっと?」
「うん、ずっと。でも隆くん、私が別れようって言った時あっさりと受け入れて全然引き留めてくれなかったからきっと別れたかったんだなぁって」
「…違う。それはこんな生活してるオレと付き合ったってオマエは楽しくねぇし、嫌われて当たり前だと思ったから。オマエの為に身を引いたつもりでいたけど……そっか、ちゃんと言えばよかったんだな、別れたくねぇって」

オレがそう言うと名前はぐっと手を握る力を強めた。そして聞こえないくらい細い声で「ごめん」と今一度謝った。

謝ってほしいなんて、この4年間一度たりとも思わなかった。むしろ自分よがりな生き方をして寂しい想いをさせてしまったことを、こっちが謝りたかった。名前は名前で、一人で地方の大学に進学して一人で頑張ってて寂しかったに違いないのに。オレはそんな名前に寄り添ってやることができなかった。


「もう前みたいな過ちは繰り返したくねぇからハッキリ言うけど、オレは」
「好きだよ隆くん」
「……えっ」
「好き、一番好き。誰よりも好き。こんなに好きになれる人もう絶対巡り会えない」
「…オマエなぁ、オレが言おうとしてた台詞とんなよ」
「だって…中3のとき私が告白しようと思ってたら隆くんに言われちゃったんだもん。だから今度は私から言いたかったの」

あどけない顔で笑う名前は、やっぱり誰よりも可愛くて守ってやりたくなる存在だった。オレだってこんなに好きになれる女にはもう二度と出逢えないと確信している。だから絶対ェ二度と離さねえ。


「隆くん。でも私…ちゃんとケジメつけなきゃ」
「あぁ…うん」
「ちゃんと彼氏と別れる。それが済んだらもう一度私のことちゃんと彼女にしてね?」
「当たり前ェだろ」


握られた手をぎゅっと握り返すと名前は抱きついて来た。耳元で囁かれる「すき」の二文字は破壊力抜群で、また彼女を腕の中で抱ける喜びを噛み締めた。



 




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