15


先日約4年ぶりに元カノと再会した。この4年間、忘れることができなかった元カノだ。

妹が気を遣わせてオレ達を引き合わせてくれたのには正直感謝している。そうでもしなければ、この広くて人口密度の高い東京都内でバッタリ会う可能性に賭けなくてはならなかっただろう。久しぶりに見た名前は昔よりだいぶ大人びて見えた。別れたのは10代の時、そして今は社会人になってるんだから当たり前っちゃ当たり前なんだが。

でも喋ればあの頃の、10代の頃の名前のままだった。涙脆いところとか、ルナとマナに実の姉みてぇに接してくれるところとか、上手く言葉にできないけどアイツが纏う空気というか雰囲気というか…兎に角オレがたまらなく好きだった名前のまんまだった。隆くん、と鈴が鳴るような声であの頃のように名前を呼ばれると、柄にもなく涙が出そうになった。

名前が都外の大学に行ってから会える時間も減り、オレは自分の夢を追うのに必死だった。少しでもチャンスがあれば、がむしゃらになってしがみついて将来に繋げなくちゃと周りが見えねえ程必死に生きていた。だから名前と心の距離ができてしまって当たり前だと思った。オレはフラれたわけだけど、こんな生活してる以上名前がオレに不満を持つのは当然。付き合ってても仕方ないと思った。

けど嫌いになって別れたわけじゃない。名前がいなくなってからも名前のことを思い浮かべる日が続いた。






「あれ、お兄ちゃん何しに来たの?」
「何しにって…誕生日祝ってやるから来いってお袋から連絡きたんだよ」

6月13日。自分の誕生日の翌日。家族が祝ってくれるということで実家に帰ってきた。毎年オレの誕生日に買ってきてくれるケーキを出してくれて、ささやかに祝ってくれた。


「隆、本当にプレゼントとか要らないの?」
「要らねーってば。毎年言ってんじゃん」
「隆には苦労かけてばっかりだったし何か買ってあげたいんだけどな」
「欲しいもんねーんだよオレ。このケーキで充分」
「そう、欲しいものないのね…でもこれは貰ってちょうだい」

そう言ってお袋と妹達が紙袋を差し出してきた。は?プレゼント?マジでいいって言ってんのに…。

「なにこれ?」
「さぁ?」
「さぁ?って…」
「これ名前ちゃんが昨日置いてったのよ。だから私達も中身は知らない」

名前が?嘘だろ?オレの誕生日に?

慌てて紙袋から出したそれは、綺麗な包装紙とリボンに包まれていた。ゆっくりと開封すると洒落た柄の缶があり、その缶の中には高級そうな洋菓子が詰められている。

「美味しそうなお菓子ね」
「…あぁ」
「この缶可愛くない?ルナがほしーい!」

どこぞの洋菓子店で買ったであろうそれは、オレが貰うには勿体無いほど上品かつ可愛らしいものだった。

『この間はごめんなさい。謝りたいので連絡ください。080...』

そして紙袋の底にはそんなメモが落ちていた。明らかに名前の字で書かれたその紙には、暗記するくらい目にした11桁の番号も記されている。

謝りたいなんてこっちのセリフだ。あの日、アイツを自宅まで送ってった夜、どうしようもなく名前触れたくなってしまった。だってアイツがあんな顔するから。オレのことをまだ忘れてないって言ってるような気がしたから。でもそれは勝手な自惚れだった。名前に付き合ってる奴がいることを確認もせず、オレは最悪なことをした。

だから謝ろうと、金曜の夜アパートの前で名前を待った。電話なんてしたら会ってくれなそうだからこんな手段をとった。いつも仕事終わるのが遅いとは言っていたが、なかなか帰ってこない。まだかまだかと待っていたら名前は彼氏と登場した。

何でオレはその可能性を考えなかったんだろう。金曜の夜なんだから泊まりに来る可能性は高いに決まってんだろ。名前を困らせたくはないのに、アイツは明らかに困った顔をしていた。だから「こんばんは」と他人行儀に挨拶されても仕方ねぇんだ。

アイツのいまの幸せをぶち壊すなんてことは絶対したくなかった。もう会わない方がいい。だから届いたショートメールにも返信していなかった。






「名前ちゃんいい子よね〜この間もうちでパスタ作ってくれたんだってね。お母さんも帰ってから食べたけどほんと美味しかったなぁ」
「うん、美味かったよなあれ」
「隆もう一度頑張って付き合ってもらいなさいよ〜…なんてごめんね。余計なお世話だね」
「…ケーキご馳走さん。ありがとな」

シンクに使った皿とフォークを入れて、そのまま玄関で靴を履いた。「もう行くの?」とマナに呼び止められたが、また近いうち顔を出す約束をして実家を出た。そして外に出たと同時にスマホで名前の番号を呼び出して発信した。



『もしもし、隆くん?』
「おー」
『もしかして実家であのお菓子受け取ってくれたの?』
「うん。わざわざありがとな。大事に食うよ。…それでさ、今からちょっと会える?』

名前が幸せに過ごしてる相手がいるなら邪魔するつもりはなかった。でもこうやってオレの誕生日にプレゼントを置いてって更にメモまで残してくれたんなら、もしかしてオレにもまだ可能性があるかもしれないと勝負に出たくなった。

『うん、会えるよ』
「じゃあすぐ行くから家で待ってて。着いたら電話する」

もうあの日みたいに絶対ェ手出さねぇ。名前には付き合ってる男がいる。今から会うのはこの間の件を謝るため。それだけだ。絶対ェに、それだけだ。


名前のアパートが見えてきた。そろそろ電話するかとポケットからスマホを出すと、少し先からオレの名前を呼ぶ声がした。
「……家で待ってろって言ったじゃん」
「うん。もうすぐかなって今出てきたところ」

昔からそうだった。着いたら電話するって言ってるのに名前はいつもマンションの入り口でオレを待っていた。寒い冬も、暑い夏も、ほんとにいつでも。そんな変わらない彼女の癖を見ると、今も付き合ってるような錯覚を覚えてしまう。


「丁度コンビニ行きたいとこだったの。歩きながら話そっか」
「うん」

雨降りそうだね、とか。そろそろ梅雨入りかな、とか。名前は今日も当たり障りない話題ばかり振ってきた。オレはそうだな、としか返さなくてほぼ名前が一人で喋ってるみたいだった。




「…それ、オマエ全部自分用?」
「え?そーだよ?」

コンビニに着くと名前は酒をガンガンかごに入れていった。ビールと缶チューハイとスミノフ、それからオヤジくさいツマミの数々も。そして慣れた手つきでレジ画面の年齢確認ボタンを押して、さらに唐揚げ串なんかも買っていた。


「はいどーぞ」
「え?」
「唐揚げ串。好きだったよね?」
「まぁ…」
「お腹いっぱい?」
「そんなことない。ありがと」

付き合ってた頃はよく二人で帰り道に唐揚げ串を買って、食べながら帰っていた。どのコンビニの唐揚げが一番美味いか食べ比べとかくだらねぇ事もした。そんで意見が合わなくって、なぜかそこから結構な規模の喧嘩に発展して……


「ははっ…くっだらねー!」
「ん?なに?」
「なんでもねー」
「ん?なによ怖いなぁ」
「ちょっと昔を思い出しただけ。…なぁ名前、ごめんな、この間」
「あぁうん、こっちこそ。なんか用だったんだよね?」
「謝りたかっただけ。その前に会った時に、オレ魔が差して変なことしちゃっただろ」
「……」
「あの後彼氏とは大丈夫だったか?オレの事怪しんでなかった?」
「名前のストーカーかと思った、とは言ってたけど…大丈夫だったよ」

食べ終わった唐揚げの串をコンビニの袋に入れながら名前はそう言った。良かった、オレのせいで2人の仲が拗れてないかと少し心配だったから。名前はにこりと笑いながら、食べ終わったオレの串も袋に入れてくれた。

やっぱり好きだなと思う、コイツのこと。またこーやって隣を歩いててくれたらなと思う。…でも何度も言うけど、名前の今の幸せは絶対ェ壊したくない。


「コレ、ありがとな。誕生日覚えててくれて嬉しかった」
「そりゃ覚えてるよ。オシャレなデザイナーさんには何あげればいいか悩んだけど、困った時は食べ物に限るね。もう食べてみた?」
「いや、まだ」
「めっちゃ美味しいんだよここのお菓子!賞味期限早めだから気をつけーー…」

ポツポツポツポツ、と大粒の雨粒が落ちてきた。オレも名前も同時に空を見上げた。「やっぱり降ってきたね」なんて笑い合った数秒後には本降りになり、慌てて二人で走り出す。濡れるのが昔から嫌いだった名前はマジで大慌てで、そのわりには相変わらず走るのが遅くて。そんな行動の一つ一つが全部懐かしかった。



「ねぇ!超やばい!ずぶ濡れ!これ透けてるよね?私」
「うん…透けてるな」
「まぁ別にキャミ着てるからいいんだけど…」

いや、そういう問題でもないような。白シャツから透けるキャミなんて、逆に男はそそられるモンだから。こんな意識だからコイツは危なっかしいんだ。


「じゃ、風邪ひかねぇようにすぐ風呂入れよ」
「え?帰るの?」
「は?」
「あっ、いや、…えっと……」

アパートの入り口まで見送り、帰ろうとするオレに名前はまたこうも変に期待させる発言をしてくる。だから危ねぇんだっつーんだよコイツは。


「傘…貸してあげるから。あとタオルも」
「…家上がるわけにはいかねぇだろ」
「じゃあ…玄関先で。ね?隆くんもそんなずぶ濡れじゃ風邪ひくよ」

まぁ確かに傘ぐらいは借りないと帰れないレベルの雨だ。仕方なくここは名前の好意に甘えさせてもらうことにした。

名前の部屋は2階の角部屋だった。鍵を開けるとそこは……なかなかな惨状の部屋が広がっていた。開けっ放しのトイレのドア、干しっぱなしの洗濯物、床に散乱する本や鞄…。唯一キッチンだけは綺麗だったが、これは片付けたんじゃなくて恐らく使ってないからだろう。

「オマエさぁ、こんな散らかす奴だったっけ?」

洗面所でタオルを出してくれている名前に話しかけると「えー?」なんて少し不機嫌そうな声が帰ってきた。

「だって毎日仕事から帰ってくると疲れて動けなくてさあ。はいタオル」
「……あのさ、ちょっと怒っていい?」
「え?部屋のこと?」
「ちげーよ!オマエのその格好だ!のこのこ男の前にそんな格好で出てくんじゃねぇよ!」

名前は面食らったような驚き顔でオレを見た。
これは、自分はもう男として見られてないっつーことなんだろうか。雨でずぶ濡れになったのは分かる。すぐに脱がないと冷えるのも分かる。けどな、シャツ脱いでキャミ一枚で男の前に出てくるなんて非常識にも程がある。しかもここは家の中だぞ。なんかあっても逃げられねんだぞ。分かってんのかコイツは!

オレが声を上げたことに驚いたのか、名前はごめんなさいと即座に謝ってきた。しかも肩から落ちたブラの紐を直しながら。くそっ、舐めてんのか。

「なんでそんな昔っから危なっかしいんだよ…」
「ごめん…隆くんだからつい…慣れというか安心してしまったと言うか…。こ、こんなこと他の男の子の前ではやらないよ!?」

だからだからだから!そうやってオレを特別扱いしないでくれ。

「オレだからいいものの…絶対ェ気をつけろよ。あとこうやって玄関であろうと家ん中上げるのも」
「うん…ご忠告ありがとう。でも隆くん以外の男の子には本当にするつもりないから」
「名前さ、それどういうつもりで言ってんの?」
「…ごめん、変な意味じゃなくって、そのくらいこう…隆くんは信用してるからって意味です…」

下を向いて気まずそうにする名前の姿を見ていると冷静な気持ちがぐらりと崩れそうになる。名前はオレのことをよく知っている。間違いなくオレのことを一番知ってる女は名前だ。だとするなら…オレがどういう気持ちでいるかも本当は名前は分かっているんじゃないのか。


「ねぇ…ちゃんと拭かないと体冷えちゃうよ?」

タオルを持ったまま動かないオレを見て、名前は自分の使っていたタオルでオレの髪を拭いてきた。

「…っ、名前!」
「は、はい」

その両腕を掴むと名前はまた驚いた顔をした。オレの片手で簡単に掴みきれるその腕は、あの頃より細くなっている気がした。


「…ごめん。今日は絶対ェ何もしねぇって決めてたのに……無理そう」
「……」
「嫌だったら…全力で突き飛ばして」

この間みたいに力一杯抱き締めるのはやめて、緩く名前の肩を抱き締めるだけにした。これならオマエの力でも簡単に突き飛ばせるだろ。だから早く、突き飛ばしてくれ。拒否してくれ。じゃねぇとオレはもう、後戻りできなくなる。

結局名前はオレを突き飛ばすことなく「隆くん」と、か細い声でオレの名前を呼んだ。



 




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