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『明日18:40着の新幹線で行くからな!』

仕事から帰宅してスーパーで買ってきた半額シールが貼られていたお弁当を食べようとした時、彼氏からそんな連絡が来た。

やっばい。忘れてた。
スマホのスケジュールを呼び出すと、そこには確かに明日彼氏が遊びに来ることが記されている。彼氏は大学院が忙しく、私は私で仕事で毎日バタバタだったため毎日電話やメールなんてしていなかった。故にこの約束もすっかり失念していた。

土曜じゃなく金曜の夜に前乗りして来てくれるのは、一泊分多く一緒にいられるから。そう彼に提案された時、確かに私は「それがいいね」と明るく答えた。そりゃ遠距離中の恋人だもん。少しでも長く一緒にいたい。ついこの間まではそう思ってたんだけどな。数日前の隆くんの行動のせいで、彼氏が来ることさえ忘れてしまうなんて。…だめだ、こんなんじゃ。しっかりしろ私。








「おー名前!久しぶり〜!お迎えありがとな」
「お疲れ様。迷わなかった?」
「子供じゃないんだから、平気だよ」

なんとか仕事を片付けて、ギリギリの時間にはなったが時間通りに東京駅に着くことができた。彼も大学院からその足で新幹線に乗ってきてくれたみたいで、ほんとにお互い多忙だねと笑い合う。お腹もすいたしと、昨夜予約しておいた居酒屋に向かう。華金の東京駅付近の居酒屋はどこも予約がなかなか取れず焦ってけど、これもなんとかギリギリ予約できたのだった。一緒に飲むの久しぶりだなと眩しく笑う彼の顔が直視できない。






「こっちだけアパート」
「ううん、こっち」
「あれ?そーだっけ?一回行ったぐらいじゃ全然わかんねーなぁ」

居酒屋を出た後は電車でうちの最寄駅で降りた。引越しの時以来遊びに来ていないからか、私のアパートの場所は全くと言っていいほど記憶にないようだ。彼は右手でスーツケースを引き左手では買ってきてくれたお土産を持っていた。両手が塞がっている為手を繋がずに済んだことに、私は内心ホッとしている。


「あー思い出した!あの変な広告貼ってある電柱の角曲がったらすぐだよな?」
「そうそう。この電柱の広告、妙にツボったよね〜」
「だな」

いま見返すと何がそんなツボだったのか分からない広告。彼氏は久しぶりに見たからかまた笑ってるけど、毎日見てる私にとってはなんかもう、ただの電柱にしか見えない。

鞄の中にあるキーケースを漁りながらその電柱の角を曲がると、アパートの前で人が立っているのが見えた。そして次の瞬間、私は息を呑んだ。

なんで、そこにいるの…。なんで、よりによってこんなタイミングで…。その人…もとい三ツ谷隆という名の男性は私の顔を見るとあからさまに「マズイ」という顔をした。

どうしよう、家まで来たってことは何か用があるんだとは思う。けど、彼氏と帰宅しようとしてるタイミングで他の男が私を待ってたなんて知られたら…絶対いい予感はしない。それが元カレだと知られたらもっとまずい。でも折角隆くんが来てくれたのに…。


「名前どうかした?」
「…あっ、鍵が、あの、なかなか見つからなくて…」
「え?まじ?」
「あっでももう見つかった!大丈夫…大丈夫だから」

自分のアパートに帰るのにこれほど緊張したことはあっただろうか。震えながら、そして焦りながら私はオートロックのセンサーに近づいた。隆くんの目は見れない。いま見たら、私は彼氏じゃなく隆くんに吸い込まれてしまいそうだから。

「…こんばんは」

無視するのは不自然だと思い、オートロックを解除しながら他人行儀に挨拶をした。アパートの扉が開き、私は滑り込むように中に入った。彼氏も私の後に続きながら、隆くんにこんばんはと会釈をしていた。でも隆くんは私達からの挨拶には何も返してくれなかった。

「今の人何突っ立ってんだろ?ここの住人?」
「さぁ…わからない」
「一瞬名前のストーカーかと思って焦ったわー」
「ははは…そんなまさか」

なんという勘の鋭さだ。ストーカーではないけど、あの人は確実に私を待ち伏せしていた。とりあえず彼氏には上手く誤魔化せたことに安心した。

あとで隆くんに連絡しておこう。電話番号は変わってないと思うからショートメールで。本当は電話して直接話したいけど、彼氏が泊まりに来てる以上たぶんそれは無理だろう。

隆くん、いつから待ってたんだろう。今日はちょっと冷えるし風邪ひかないか心配だ。それに私がこんばんはと他人かのように挨拶した後、チラリと目に入った隆くんの悲しそうな横顔が頭に焼きついて離れなかった。




 




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