13


4年ぶりに会った彼は髪型も変わっていて、少し背が伸びている気もした。変わってないところと言えば中学の頃から付けているピアスとか、オシャレなところとか、あと、聞き慣れた落ち着いた声。



「なにしてんだよ、ここで…」
「夕飯を作っております…」
「あ?なんで?おいルナ!」
「あっれー?マナかと思ったらお兄ちゃんだったかぁー」

これは一体どういうこと?
ルナちゃんはわざとらしいニヤニヤ顔で台所から顔を覗かせた。隆くんは「ハメやがったな」と言いながら玄関に入りドアを閉めた。


「高熱で動けなくて家で一人だっつーから慌てて来たのに…!」
「嘘も方便って言うでしょ?」
「何のつもりだ」
「まぁ入りなよ。お兄ちゃんも夕飯食べて行く?名前ちゃんお手製の激うまクリームパスタ」


隆くんは溜息を吐きながら靴を脱ぎ、コンロの上のフライパンを覗き込んだ。そして美味そうだなと言うと、ルナちゃんはまたニヤニヤしながら「じゃあパスタ追加で」ともう一人前分パスタを鍋に投入した。私はただただ四年ぶりに見る彼の姿に茫然としていた。これは…ルナちゃんがわざと嘘の連絡をして私達を引き合わせようとした、ってことだよね?


「名前、突っ立ってないで座れよ。あとはルナがやるから」
「あ、うん…」

エプロンを外し、テーブルの前に座ると隆くんも私の目の前に腰掛けた。あ、テーブル新しくなってる、なんて思いながら目の前の彼を見る。四年経ったとは言え、雰囲気や表情はなにも変わっていない。いま目の前に座っているのは紛れもなく私が大好きだった人だ。


「…久しぶりだな。いま何してんの?」
「就職して、こっち戻ってきたの。都内のIT企業に勤めてます。隆くんは?」
「一応デザイナーとしてやってる。まだ独立はしてねぇしアシスタントや雑用ばっかだけどさ。デザイン事務所に雇ってもらってて」
「すごい…!ほんとにファッションデザイナーになれたんだね…!」
「全然まだまだ。独立してなんぼの世界だし」
「でも、ずっとやりたかったこと仕事にできてるじゃん!おめでとう、ほんとに…良かった、本当に」

きっとなれるだろうとは思っていたけど、しっかりと夢を掴めた彼を目の前にすると涙が出そうだった。だって中3の頃から、東卍なんて暴走族のチームに入ってやんちゃしてた頃からの夢だよ?あの頃からずっと知ってる身としては、自分の夢が叶ったかのように嬉しい。


「なに泣いてんだよ」
「ごっごめん、感動しちゃった」

慌てて鞄からハンカチを出そうとすると、一緒にポーチまで鞄から落ちてしまった。それを見た隆くんは目を丸くした。…あぁヤバい、完全に見られたよね、これ。


「オマエ…まだこんなの使ってたの」
「だってこの絶妙なサイズ感が使いやすくって…それに全然ほつれてこないし」
「…ありがとな。大事にしてくれてて」

私が隆くんにこのミニポーチを貰ったのは中3の時だっただろうか。初めて彼から貰ったプレゼントはまさかのハンドメイド品で、兎に角その質の高さにびっくりした。付き合ってる間は勿論のこと、別れてからも使っている理由はその使い心地の良さだけでなく、彼が作ってくれたものをずっと持っていたかった…からなのかもしれない。


「お二人さーん、パスタ茹で上がったしそろそろご飯にします?」

ルナちゃんから背後から声を掛けられ、慌てて立ち上がって配膳を手伝った。私が作ったクリームパスタとルナちゃんお手製の野菜スープ。今日一日まともなものを食べてなかったから匂いだけで食欲が刺激された。ちょうどマナちゃんも帰宅して、私がいることに頗る驚いた様子だったが、すぐに昔みたいにまた懐いてくれた。

よく四人でこうやって食卓を囲んだのを思い出す。まだ小さかったルナマナちゃんの面倒を見ながらご飯を作る隆くんは、絶対将来いい父親になると私は確信していた。そして父親になった彼の姿を私が一番近くで見ていたいなんて夢見てたこともあったなと思い出す。




「じゃあ帰るけど、戸締りしっかりしろよ。お袋によろしくな」
「はーい」
「それからルナ!もうくだらねぇ嘘で呼び出すんじゃねぇぞ」
「はーい…」
「ルナちゃんマナちゃん、今日はありがとう。久しぶりに会えて嬉しかったよ」
「名前ちゃん…もうお兄ちゃんの恋人じゃないのは分かってるけど、折角また近くに住んでるんならたまに一緒にご飯食べよ?」

どうしよう、と頭の中で一瞬戸惑った。元カレの妹とご飯なんて、いいんだろうか。お母さんもどう思われるか分からないし…。そんなことを悩んでいると「オレのことは気にすんなよ」と後ろから声をかけられたので、遠慮なくまた今度ルナちゃんたちと夕飯を共にする約束をした。




「ごめんな、今日。ルナがどうせ無理矢理家に連れ込んだんだろ」
「連れ込むってそんな…私がここでぼーっとしてたら声掛けてくれたのよ」

階段を下り、アパートの裏を指差しながら言った。隆くんは私の少し前を歩きながら、興味あるのかないのか分からない「へー」なんて無難な言葉を吐いた。


「なんでこんなとこでボーッとしてたの?」

ゆっくりと振り返り私を真っ直ぐに見る隆くん。街灯の光がまるでスポットライトかのように彼を照らしていた。隆くんは、昔と変わらず眩しく輝いている。東卍の頃は仲間の為に喧嘩して、東卍が解散してからは夢のために直向きに頑張っている。そんな彼の姿は、私には眩しくて仕方ない。


「昔…まだ付き合う前、ここで季節外れの花火したの覚えてる?」
「……あー、あったなそんなこと」
「その時のことを思い出してたの。私がまだ隆くんに片想いしてて、すごくドキドキしてた時のこと」
「うん…よく覚えてるよ」

花火の火が消えて暗くなったとき、どうしても触れたくなった隆くんの指に自分の指を絡ませた。とんでもない事してしまった、と思い冷や汗がダラダラ出てきたけど、隆くんも指を絡めてくれて今度は緊張で手汗がヤバくなった。そんな詳細まで覚えているほど、私にとっては忘れられない出来事だった。


「いまこの辺住んでんだろ?送るよ」
「いいよいいよ、隆くん電車なんでしょ?ここからだと駅と反対方向になるから」
「オレが夜に女一人で帰らせるわけねぇだろ。黙って送られてとけよ」
「…ありがと」
「じゃないとオマエ、また夜の街徘徊しちゃいそうだし?」
「ねぇ…いつの話してるのよ。ていうか別にもう大人なんだから夜出歩いてたっていいじゃない」
「だーめ。名前は危ねぇ奴に捕まるの得意だから」

もう彼女じゃないのにこうも心配してくれるのか。単なる誰にでも見せる優しさなのか、それとも昔付き合ってた誼みなのか。

お言葉に甘えて自宅まで送ってもらうことにした。彼と夜道を歩くのも久しぶりだ。約4年間会ってなかったんだから話題なんていくらでもあるはずなのに、私達はポツリポツリと大して内容のない会話をしながら歩いた。




「あ、ここです」
「綺麗なとこじゃん。アパートなのにちゃんとオートロック付きだし」
「女の一人暮らしだからねぇ、オートロックのある物件に絶対しろって言われてさ」
「誰に?」
「…お父さん」

なんて、嘘だけど。インターネットで一緒に物件探しをしてくれて更には引っ越しも手伝ってくれたのは今の彼氏だ。なのになんで私今咄嗟に嘘ついちゃったんだろう。こんなことって彼氏に対してかなり失礼だよね。いくら今、元カレと一緒にいるからってこんな嘘……


「じゃ、じゃあ!送ってくれてどうもありがとう!おやすみなさい」

このままこの人と居たらいけないと脳が判断した。私は急いで鞄からキーケースを乱暴に出してすぐさまオートロックを解除した。ピーという電子音が鳴ったのと同時にアパートの入り口のドアノブを思いっきり引いた。しかし背後から伸びてきた手によってドアはすぐにガシャンっと閉められる。


「…なんでそんな急に慌てて帰んの?」

真後ろに隆くんが立っている。あの頃と変わらぬ香水の匂いがふんわりと香る。私はどんな顔で向き合えばいいか分からず、黙ったままひたすら目の前のドアを見つめていた。…だめだ、だめだよ私。ちょっと久しぶりに会っただけなんだから変な気を起こしちゃいけない。

再びオートロックを解除しようとキーケースをセンサーの方に伸ばしたが、その手は隆くんに掴まれて、引っ張られて、そのまま私の体は彼の方を向かされた。

「名前…、なんでそんな顔してんの?」
「え…ど、どんな顔してる?」
「泣きそうな顔」
「き、気のせいだよ…」
「気のせい?ほんとに?オレ名前のいろんな顔知ってんだよ?誤魔化せると思うなよ」
「……」
「…はぁ、ずりぃだろその顔は」

ぐっと腕を引っ張られ、気づいたら隆くんの腕の中にいた。ビックリして声が出ない。懐かしい香りと体温に包まれて、私の体はびくとも動かなくなった。この優しい抱擁の仕方は、昔から全然変わってない。昔から私が一番安心できた場所だ。

「さっきの顔は、抱きしめてほしい時によくしてた顔だった」
「うそ…?そんな顔あったの私…?」
「や、半分嘘。あの顔されるとオレが抱き締めたくなっただけかも」

腕の力が少し緩んだと思ったら、手で顎を少し持ち上げられて隆くんの顔が近づいてきた。

……だめだめだめ、これは流石にだめだ、絶対。私は咄嗟に手で隆くんの口元を押さえた。すると彼は眉間に皺を寄せて面白くなさそうな顔をして、私の手をペロリと舐めた。

「ひゃっ…!」
「キスはだめだった?」
「あの、私…いま付き合ってる人、いるから…」
「…ふーん、そうなんだ」
「…そう、なの。…隆くんは?」
「いねぇよ。いたらオマエにこんな事してない」
「だよね…」
「悪かったな、一方的にこんなことして。じゃあな」

数秒前までの甘い時間が嘘だったかのように、彼の去り際はあっけらかんとしていた。

あぁビックリした…、まさかこんな展開になるとは思ってなかった。あのままだと自分が変な気を起こしてしまいそうだから早くアパートの中に逃げ込もうとしてたのに、まさか隆くんもそんな…そういう気を起こしてたなんて。

もしさっき私が彼のキスを止めなかったら、どうなっていたんだろうか。もし私が彼氏はいないって言っていたら、どうなっていたんだろうか。そんな考えても仕方のないifの話で今夜は眠れそうにもない。




 




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