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パソコンを立ち上げ、ログイン用のIDとパスワードを入れ起動させながら空いた手でコンビニで買ったアイスティーを啜る。さて、今日は久々にまとまった時間ができたから今日のうちに卒論の最終チェックを進めておきたい。名前ちゃーんと自分の名前を呼ぶ声が聞こえて顔を上げると、少し遠くから友達が私に向かって手を振っていた。私も笑顔で振り返し、またパソコンに顔を戻す。


「名前」
「…あ」
「来てるなら言えよ。友達からお前の彼女PCルームにいたって聞いてびっくりしたよ」
「あぁ…ごめん」

時は流れ、私は22歳、大学4年になった。つまりは三ツ谷隆と付き合い始めた時からおよそ7年の月日が過ぎたのだ。その間に色々あったが、主な大きな出来事は三つ。

その一、親が離婚してうちは再び父子家庭になった。
その二、私は東京を離れ地方の大学に進学した。
その三、彼氏が変わった。

父子家庭になったことはさほど私の生活に変化をもたらさなかった。名字も変わらないし引っ越しも生じなかった。ただあの女が、うちから出て行っただけ。父は以前よりは私と話すようになったり進学については相談乗ってくれたり、少し父親らしくなった。でもこうして離れて暮らしてる今、連絡なんてほぼとってないが。

進学するにあたって、わざわざ大学がたくさんある東京を離れたのはこの大学で学んでみたかったから。似たような学部の大学なんて東京にもあるけど、キャンパスの雰囲気や専門性や教授の評判などなど、この大学に魅力を感じたのだ。

でもそうなると、中3から付き合っていた彼氏と遠距離になる。それだけがネックだった。そんなことを正直に彼に話せば「オレがオマエの進学の足枷になるのだけは御免だ」とあっさりと言われた。思い返せば、あのあっさり具合が私の気持ちに変化を生じさせた第一歩だったかもしれない。

デザイナーの卵として小さなアトリエを借りて、どこぞのプロに弟子入りして、さらに服飾科で学んで、そんな忙しく過ごす彼とは遠距離じゃなくても終わりを迎える日が来るのは必然だったのかもしれない。


「名前さ、本当に就職すんの?」
「え?もう内定貰ってるしもうすぐ卒業だよ?何言ってんの」
「いや、今更だけどさ、院行かなくて良かったのかなって…」
「院試ももうとっくに終わってるのに何言ってるの」

私は理学部で情報学を専攻していた。理学部ということもあり大学院に進学する人がほとんどの中、私は就職を選んだ。理由は簡単。早く働きたかったから。いつまでもあの父親のお金で学生やっていたくなかったから。今付き合ってる彼は同じ学部学科の人で、院に進学することが決まっていた。


「しかも東京の企業だろ?オレ遠距離とかやっていけるかなー」
「子供じゃないんだし何言ってるの。飛行機の距離ってわけでもないんだしさ、大丈夫でしょ」

別に好き好んで選んだわけではないが、今度は就職のタイミングで彼氏と遠距離になる。でも何故だろう、大学進学の時とちがって私は恋人と離れることにあまり躊躇いがなかった。










4年ぶりに始まった東京での新生活はもう目まぐるしく過ぎて行った。社会人として過ごす毎日は新鮮でもあるが、かなりの疲労が溜まった。大学で専門的なことは色々学んできたつもりだったが、まだまだ勉強することは山積みで。通常業務に加えて資格習得の勉強、家に帰れば最低限ではあるがやるべき家事が待っていて…土日になれば干からびたように寝て終わった。


「もう夕方か…買い出し行かなきゃ」

せっかくの晴れた休日だが、掃除と洗濯と試験勉強と睡眠で終わった。流石に休日くらいは自炊せねばと着替えてスーパーに向かう。

私がいま一人暮らししているアパートは、実家からそれなりに近いところ、つまり隆くんの実家とも程近く、いま向かおうとしているスーパーも彼と昔よく行ったところだった。こんなところに家を借りたのは、住み慣れたところが良かったって言うのもあるけど、私が隆くんにまだどこか未練があるからなんだろう。

そうそう、彼の実家はこのアパートだったなとぼんやりと眺める。まだ付き合う前にルナちゃんマナちゃんとも一緒にここで花火やったのはいい思い出。あんなに男の子にときめいたのも、最初で最後だったかもしれない。隆くんに片想いして、それが実って、いつも隣に彼がいてくれて…


「……名前ちゃん!?」

誰かに名前を呼ばれ、声の主を探すべくキョロキョロすると「上だよー」と言われ顔を上げると、ベランダの洗濯物を取り込む女の子の姿が。

「……あっ、ルナ、ちゃん…?」
「そうだよーー!すっごい久しぶりだね!何してるの?」
「あっ、えっと…実は4月からまたこっちに戻ってきてて」
「そうなの!?嬉しい!これでまた名前ちゃんに会える」

中学生になったルナちゃんは以前に増して可愛くなってて、性別は違うのにどこか兄に似ていて、中学生の時の彼を見ているような気持ちになった。「下りるからそこで待ってて!」と言うとルナちゃんは表の階段から下りて来て、また「久しぶりだね名前ちゃん」と手を握って挨拶をしてくれた。


「上がってってよ!もうすぐマナも帰ってくるよ」
「あ…ルナちゃん、私もうお兄ちゃんとは……」
「うん、知ってるよそんなのー。でもルナと名前ちゃんは友達でしょ?」
「……うん」
「あ、友達ってか姉妹かな?」
「うん、そうだね…ルナちゃんとマナちゃんは、私の可愛い妹!」
「だよね!ねぇまた昔みたいにごはん一緒に作って食べようよぉ」
「えぇ、でもなぁ…。お母さんは?今日も仕事?」
「そうなの。だから自分で作らなきゃいけなくって。名前ちゃん手伝ってよー」
「…わかった。ちょうど今スーパー行くところだったし買い出し行こっか」
「やったぁー!すぐカバンとってくるから待ってて」


隆くんと付き合ってた頃はしょっちゅうお邪魔してたこのアパート。ルナマナちゃんも私を実の姉のように扱ってくれて、お母さんも娘が一人増えた気分だって言ってくれていた。一人で夕飯を済ませることが多かった私にとって、ここはどこよりも温かい場所だった。…でも隆くんと別れてからここを訪れるのは初めて。本当に大丈夫なんだろうか。お母さんが帰ってこられたら、なんて言うだろうか…。




「名前ちゃんはさ、お兄ちゃんのこと冷めちゃって別れたの?」

スーパーで食材を選んでいると、ルナちゃんは思いがけない質問をしてきた。


「お兄ちゃんから何も聞いてないの?」
「うん…遠距離だし付き合い続けるのが難しくなったって、それだけは聞いたよ。でも本当に好き同士だったら別に別れたりしなかったと思うんだよね」


月日の流れとは恐ろしいものだ。最後に会った時はまだランドセルを背負っていた女の子は、こんなにも大人びたことを言うようになったんだから。


「冷めたわけではないけど…なんかすれ違っちゃったというか。ほら隆くん夢に向かってすごく一生懸命だったじゃない?忙しそうだったし。それに比べて私は単なる大学生で、遊んでる暇もたくさんあって…なんか溝ができちゃったかなぁ」
「好きでも、溝ができたら別れるの?」
「うん、なんか…ついていけなくなっちゃった。私はこの人に釣り合わないなーって」


ルナちゃんはいまいち納得してない様子だった。その時の状況なんて当人同士しか分からないものだと思う。住む場所が離れて、電話の回数も減って、会うタイミングが合わなくなって、気づけば隆くんがどんな生活をしているのか分からなくなった。それは私を不安にさせるには十分な要因で、私から別れを告げた。彼は「ごめんな。今までありがとう」とあっさり食い下がった。少しも引き留めてくれなかったことが、何よりも寂しかった。






「んー!名前ちゃんこのソースめっちゃ美味しい!」
「あ、ほんと?良かった」


ルナちゃんのリクエストで、夕飯はクリームパスタにした。大学4年間で私の料理レベルも格段にアップしたからか、ルナちゃんは「味見が止まらない!」とまた小皿にソースを入れていた。いくつになってもこの子はほんとに可愛い。鍋に張ったお湯が沸騰してきて、パスタを投入しようとした時玄関の戸を叩く音がした。


「マナかな?名前ちゃん出てあげて。きっとビックリするよ」
「あ、うん」

少々荒々しくドンドンと戸を叩く音。マナちゃん鍵は持たせてもらってないのかな?と思いながら内鍵を捻り戸を開けると、そこには予想外の人物が予想以上に驚いた顔をして立っていた。



「…は?名前……?」




 




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