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(関東事変直前あたりのお話)


その日はまた一段と冷える朝だった。寒がりな上、低血圧な自分にとって冬の朝はなによりも苦手なもの。微かな朝日で一瞬眠りから目覚めたが、目が自力で開こうとしない。もう少し寝てようと諦めた時、携帯が光っていることに気づいた。どうやらメールが届いているらしい。布団から手を伸ばし携帯を取りメールを確認すると、私の目は一気に冴えた。そして寒さなど気にする事なくパジャマを脱ぎ捨てるたのだった。






「タケミチ君!!」
「名前ちゃん!」
「ねぇっ一体どういうこと!?三ツ谷君、何があったの!?」
「落ち着いてください!とりあえず、無事だから」
「無事って…でも、」
「怪我はひどいけど、命に別状はないから」

携帯に入っていたメールはタケミチ君からのものだった。三ツ谷君がバイクで突っ込まれて重傷で病院に運ばれたとのこと。

それを読んだ途端生きた心地がしなかった。頭の血の気が引いていき、体が震え出した。不思議と涙は出ず、ただひたすら病院へと足を走らせた。でもいざ病院に着き、包帯だらけで酸素マスクを付けている三ツ谷君の姿を目にすると涙がボロボロと溢れ出て来た。


「もうじき意識も戻るだろうからって、先生も言ってたから」
「もし…戻らなかったら、どうなるって……?」
「そんな事言ってなかったから、大丈夫なんスよ。絶対、意識戻るから」

タケミチ君は私を不安にさせないためか、いつもみたいに笑って言ってくれた。三ツ谷君、お願い。早く意識戻って。そしてすぐまたいつもみたいに名前ちゃんって優しく呼んで。眠る彼の手を握りながら私はひたすら泣いていた。


「名前ちゃん、ごめんオレ行かなきゃいけなくて。ここは任せていいですか?」
「…うん」
「八戒と千冬、名前ちゃんのこと頼むな」
「おー。てかオマエどこ行くの?」
「イヌピー君とちょっと行くとこあって」

顔を上げると少し後ろにやたら背のすらっと高い男の子と、金髪ツーブロックの男の子がいた。二人とも東卍の特攻服を着ている。八戒君の話はよく三ツ谷君から聞いていたから背の高い方の彼だとすぐ分かった。タケミチ君は「それじゃ」と言い病院を後にした。


「…大丈夫っスか」

私の顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているからだろう、金髪の男の子…確かタケミチ君が千冬って呼んでいた子が病室に置いてあった箱ティッシュを差し出してくれた。

「ありがとう…」
「オレ壱番隊副隊長の松野千冬っス。こっちは三ツ谷君とこの副隊長の柴八戒。あ、コイツ女の人苦手で喋らないだけなんで、気にしないでください」
「うん…三ツ谷君から色々話聞いてるからその事は知ってる。名字名前です。よろしくね」
「三ツ谷君の彼女さん…ですよね?」
「そうです」

鼻をかみながら初めて会った二人に挨拶をした。噂通り八戒くんは目もろくに合わせてくれないけど…でも三ツ谷君の大切な弟分だと聞いてるからいい子に違いない。千冬君はティッシュの箱を元あった場所に戻しながら、三ツ谷君とその隣に眠る、もう一人の東卍の人を見て話し始めた。

「三ツ谷君とこの隣にいるスマイリー君…敵対してるチームの奴にやられたんス。バイクで突っ込まれて更に鉄パイプでぶっ叩かれて」
「なにそれ!酷すぎる…」
「はい…。だからオレらが絶対ェこの仇は取ってくるんで」
「嬉しいけど…千冬くん達までこんな怪我したら嫌だよ…」
「大丈夫っス!オレは頑丈なんで。勿論三ツ谷君たちも。こんなことくらいで絶対ェだめにならない」

だから安心してくださいと、タケミチ君みたいな笑顔で千冬君は笑った。正直まだ気持ちが落ち着かないけど、今は彼らの言葉と三ツ谷君の生命力を信じて待つしかない。千冬君にお礼を言って、3人で椅子に腰掛けて意識が戻るのを待った。時計の秒針の音がカチカチとやたら大きく聞こえるのは気のせいだろうか。


「あれ、千冬君…、寝ちゃった?」

気づけば隣から規則正しい寝息が聞こえて来た。八戒君も静かにその様子を見ている。

「八戒君も寝たら?夜通しずっと起きっぱなしでしょ?」
「………」
「疲れた顔してるよ?三ツ谷君が意識戻ったら起こすから」
「……じゃあ」

初めて口を聞いてくれたこと、そしてすぐさま目を閉じて休み始めたことに私は安堵した。八戒君はきっと人一倍三ツ谷君のことを心配していたんだと思う。すごく慕ってたと聞いているし。二人が目を覚ました時に飲めるように自販機で温かいお茶を買ってきて彼らの隣に置いた。そして私は三ツ谷君の横に腰掛け、ひたすら手を握った。

いつかこうやって大怪我する日が来る事は分かっていた。普段から喧嘩ばっかで、会うたびに傷増えている事なんてザラで。この人と付き合うってことはそれ相応の覚悟がいるのは分かっていた。覚悟だってしていたつもりだが、いざこうなるとやっぱり覚悟が足りなかったかなと涙が出てくる。

三ツ谷君、早くいつものあなたに会いたいよ。東卍のみんなが大丈夫だって言ってるから、みんなあなたを信じて待っているんだから、早く意識を戻して。


「……泣くなよ」
「……っえ」
「名前ちゃん」
「……み、つやくん?」
「おー」
「えっうそ!意識戻った?」
「うん…あー頭いってぇぇ」

意識が戻った途端、普段どおり喋る彼に安心して腰が抜けて椅子から落ちてしまった。そんな私を見て三ツ谷君が少し慌てていたけど、いやそんなことより、なんであなたはただの寝起きかってぐらいいつも通りなの。


「もう大丈夫なの…?」
「意識飛ぶとか別に初めてじゃねぇし大丈夫。ただバイクで転ばされたからなー…足がやべぇかも」
「えっうそ!やだ…」
「うそ、大丈夫大丈夫」
「ほんとかなぁ…」
「ごめんな、心配かけて」
「生きた心地がしなかったよ」
「ずっと手握っててくれてありがとな」
「うん……」
「目覚めたとき、名前ちゃんの顔が一番に見れてすげー嬉しかった」

優しく頭を撫でてくれてまた涙が出てきた。良かった。本当に本当に怖かったから。このまま三ツ谷君に会えなかったらどうしようって、ずっともしもの展開を頭の中で考えていた。温かい三ツ谷君の手のひらを自分の頬に当てると、彼が生きてるって実感できて心が落ち着いてきた。

「…名前ちゃん、ちゅーしたい」
「だめだよ何言ってるの…。ていうか看護師さんか誰か呼んでこないと…!」
「いいから後でで。もうちょいくっついてたい…」
「タカちゃん!!良かった!目覚ましたんだね!!」

突然背後から八戒君の大きな声が聞こえてきて、慌てて私達は離れた。八戒君は私達の間を割り入るように走ってきて、涙を目に溜めながら三ツ谷君の無事を確認していた。

そうこうしている内にスマイリー君も意識を取り戻し、寝ていた千冬君も起きた。お医者さんと看護師さんが二人の状態を診に来ている間に私は一階の売店に向かった。思えば今日まだ何も食べていない。みんなもお腹空いてるだろうから、軽く食べられそうなものを適当に買って行こう。




病室に戻ると、三ツ谷君とスマイリー君はベッドの上でもう起き上がっていて四人で何やら真剣な顔をして話し込んでいた。

「オウ、美味そうなのあった?」

いち早く私が戻ったことに気づいたスマイリー君が話しかけてきた。

「うん、適当にお菓子とかパンとか買ってきたから良かったら食べてー…ってスマイリー君と三ツ谷君はまだダメだよ!?」
「内臓は元気だからへーきへーき。お、これオレの好きなやつ」
「ちょっ、ダメだって…!」
「名前ちゃん」

三ツ谷君に呼ばれ振り返ると、ベッドの上に手招きされた。そっとベッドの端に座るといつもみたいに優しく笑ってくれる。


「朝から駆けつけて来てくれてありがとな」
「ううん。当然だよ」
「おかげでオレももう大丈夫だから、今日は帰んな。千冬に送らせるから」
「え…まだいるよ。心配だもん」
「だーいじょぶだって。ピンピンしてるもんオレ」
「それが心配なんじゃん。病院抜け出しそうで」
「大丈夫だから、マジで喧嘩しに行ったりしない。でもちょーっとやらなきゃいけねぇことあるんだ」
「…ほんとに?」
「あぁ。ちゃんと八戒が見張っててくれっから。な!八戒」

八戒君は私と目を合わさず、三ツ谷君の目だけ見て固く頷いた。東卍のことは私はよく分からないし、首を突っ込んではいけないと思っている。やらなきゃいけない事が何かは分からないけど、東卍に関する事ならば私がいくら言っても聞かないのは分かっている。だから私は黙って言われたとおりに千冬君に送ってもらうしかないのだ。






「三ツ谷君がカレシとかいーっスよね」
「え?」
「オレが女だったら、東卍の中で付き合いたい人ナンバー2だなぁ」
「ナンバー1じゃないんだ?」
「はい。圧倒的にかっけぇ人がいたんで、その人は誰にも超えられねぇっス。でも三ツ谷君みたいに優しくて頭良くて強ェカレシ、いーっスね」

そうなんだよ千冬君。三ツ谷君は私には勿体ないくらい最高にカッコよくて最高に思いやりのある彼氏なんだ。だから心配なの。どこかでまた無茶するんじゃないかって、心配なの。

マンションの前で千冬君のバイクから降ろしてもらうと、「三ツ谷君から伝言っス」と言いながら彼は口を開いた。

「今日は何があるかわかんねぇから絶対一人で出歩くなって」
「…わかりました。千冬君、また喧嘩しに行くんだよね?」
「そーっスね。だって三ツ谷君やスマイリー君がこんな目に遭わされて黙ってられねぇし。オレも決着つけてぇ相手もいるんで」
「大丈夫、なんだよね?」
「勿論っス!それに絶対ェ三ツ谷君は連れていかねぇから。だから名前ちゃん、また三ツ谷君から連絡来るまで家で待っててください」


千冬君の可愛い笑顔を信じて、今は東卍のみんなの無事を祈り待つしかないと悟った。気をつけてねと言葉をかけると、千冬君は全く臆する様子もなく元気に返事をしてくれた。









 




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