09


中学三年生のとある冬の日とある河川敷で、私は大好きな人と結ばれた。

彼は私を抱きしめたまま「さっきし損ねたから」とキスしてくれた。一回じゃ止まらず、二回、三回と繰り返されたそれは私の脳を溶かすには十分な濃度だった。

その後も手を繋いだまま、まだ知らない互いの事を教え合った。好きな食べ物やテレビ番組、出身地や誕生日…。誕生日はお互いもう過ぎてしまっていたため「また来年祝おうね」なんてずいぶん先の約束までできる間柄になったことに、私の頬は緩んでしまう。


「名前ちゃんさぁ、可愛いしよく学校の奴に告られたりすんだろ?」
「えー別に?三ツ谷君こそどうなの?」
「たっまーーーにだけどな、あるはある」
「まぁ…分かってはいたよ」
「例の生徒会長にはさぁ、告られて付き合ってたんでしょ?そいつとまだ喋ったりすんの?」
「あ、今の生徒会長じゃなくって去年の会長さんだからもう卒業してるよ。だから全然会ってない」
「…え、先輩だったの?」
「うん」
「因みにどんくらい付き合ってた?」
「えーっと、10ヶ月くらい」

その数字を聞いた三ツ谷君は「マジかよ」と呟いたあと、私の頭を抱えて自分の胸に押し付けた。少しドキドキと速い三ツ谷君の鼓動に私もつられてドキドキする。

「オレ今ぜってぇ醜い顔してるから見ないで」
「どんな三ツ谷君の顔でも見たいのに」
「だめ絶対」
「ねぇなんか生徒会長のことやたら気にしてるみたいだけど、もう本当になんもないよ?私が自分から好きになったわけでもないし」
「でも10ヶ月も付き合ってた」
「それは、あの…別れる理由もなかったって言うか。先輩が卒業するって時までなんかズルズル一緒に居ただけで…」
「ふーーん」
「ていうか三ツ谷君だって彼女の一人や二人いたんでしょ!お互い様じゃん」
「オレはそんな長く付き合ってねぇしいいの。でも名前ちゃんがどこぞの男に触られてた事があるって考えるとくそ悔しい」

私の頭を抱く力がぐっと強くなり、少し苦しくなった。でも息出来なくなるほどいっぱいいっぱい抱きしめて欲しかったから言わなかった。かっこいいイメージしかなかった三ツ谷君が急に可愛い一面も見せてきて、どうしようもなく愛しかった。

「おかしいな。オレこんな嫉妬深いヤツじゃないはずなんだけど」
「いいよ。嬉しくてたまんない。もうほんと大好き」
「…あー。やべぇわ名前ちゃん。可愛すぎ」

自然とまた唇が重なり合った。薄目を開けて彼の顔を見ると、長い睫毛が月夜に照らされていてとんでもなく綺麗だった。三ツ谷君と同じ学校だったらいいのに。そしたら一緒に登下校もできるし、家だってきっともっと近くだっただろうし。

時間も遅くなってきたし帰ろうかと言われたけど、まだ帰りたくなかった。そう伝えると三ツ谷君は「オレも」ってはにかんだ。でももう遅いからと私の手を引いてバイクに乗せた。ヘルメットを付けてくれる時にもう一度キスをしてくれて、この世界一かっこいい私の彼氏を全世界に自慢したくなった。


「明日は何してんの?」
「ふつーに学校行って帰るだけだよ」
「じゃあウチでまた飯食う?」
「えっいいの?」
「おう。妹達いるけど」
「うん、寧ろ会いたい!」

じゃあまた明日メールするから、と言い私をマンションの前で降ろしてくれた。そして私がエントランスに入りオートロックを解除するところまでしっかり見届けてくれていた。









「…で、何の用スか?名前ちゃんに呼び出されるなんて…」

翌日の昼休み、タケミチ君を呼び出した。心配そうにこっちを見てきた女の子…多分アレが噂の彼女だなと分かったので、一応断りを入れておいた。私が呼び出してくるなんて初めてだったからか、タケミチ君はかなりビビってる。


「三ツ谷君に生徒会長のこと話したでしょ」
「……あっ!言ったかも、しれない、ス…」
「ねぇーもう!勝手に人の過去の恋愛のことベラベラ話さないでよ!」
「そんなベラベラなんて…!ただそんな元カレがいましたよーってぐらいで」
「個人情報勝手に漏らすな!」
「ひいっ!すいません!」

なんて、一応怒っておいたけどタケミチ君のおかげであんな妬いた三ツ谷君を見れたからほんとは全然気にしてないんだけど。


「あのー…もしかして名前ちゃんと三ツ谷君て付き合ってます?」
「えっ、うん…付き合ってるよ」
「ぅおー!やっぱりそうなんスね!三ツ谷君名前ちゃんのこと気にしてたの東卍のみんな分かってたからなぁ。良かったっスね!名前ちゃんも明らかに三ツ谷君のこと意識してたし」

悪気のない笑顔でタケミチ君は言ってきた。私そんなにバレバレだったのかな…まぁタケミチ君にはハンカチ選ぶの手伝わせたりしたからそりゃそうか。それよりも三ツ谷君が私の事気にしてたって…それも周囲に気づかれてた程って聞けて嬉しかった。

「タケミチ君」
「ウッス」
「三ツ谷君に引き合わせてくれたりハンカチ選ぶの付き合ってくれたり…色々ありがとね」
「ウッス!」

さっきまでの怯えていた表情から一変して、最高の笑顔でタケミチ君は返事をしてくれた。










「あー!この間のお姉ちゃんだ!」
「こんにちはルナちゃん」
「また遊びに来たの?」
「うん、お邪魔してもいい?」
「いいよー!!」

放課後、三ツ谷君と保育園帰りのマナちゃんと落ち合ってから二度目の三ツ谷家にお邪魔した。先に学校から帰宅していたルナちゃんがノリノリで迎え入れてくれたことがこの上なく嬉しかった。三ツ谷君に「宿題見てやって」と頼まれたからルナちゃんの宿題を見て、その間彼は冷蔵庫と睨めっこしながら夕飯の献立を考えていた。ヤバい、冷蔵庫覗いてるその横顔すらかっこ良すぎる。どんだけお顔整ってるの。


「お姉ちゃんお姉ちゃん」
「あっごめん!なぁに?」
「お兄ちゃんのこと好きなの?」
「えっ!?」
「じとーってすごく見てたから」
「鋭いねぇルナちゃんは」
「好きなの?」
「うんそうだよ、好きなの」

きゃーっと高い声を出し顔を両手で隠すルナちゃん。オマセさん具合がなんとも可愛いらしい。そのまま台所に走って行き「お姉ちゃん、お兄ちゃんのこと好きだって」とすかさず報告していた。三ツ谷君は「知ってる」と言いながらルナちゃんの頭を撫でていた。優しいお兄ちゃんオーラ全開の三ツ谷君も、やっぱりかっこいい。


「名前ちゃん何食いたい?」
「なんでもー…って待って、私も手伝う」
「むしろ作ってよ」
「うん…ちょっと家で練習しておく」

適当に作るかと言いながら冷蔵庫から材料を出し、私は彼の指示に従って手伝っていく。二人で台所に立って料理するなんてまるで新婚みたいだ。浮かれた気持ちで包丁を使っていると「ちゃんと手元見て」と注意された。三ツ谷君の顔を見上げてごめんと謝ると、そっと唇を合わせてきてくれた。そしてポツリと呟かれる「かわいい」という四文字の言葉の破壊力といったら…もう言葉にできない程だ。

夕飯を終え少し経つと三ツ谷君のお母さんがそろそろ帰宅されるとのことで、私は帰ることにした。バイク乗ってくかと聞かれたけど、少しでも長く一緒に居たいから今日は歩いて送ってもらうことにした。ちょっと時間はかかるけど、三ツ谷君は嫌な顔一つせず了承してくれる。


「明日も会える?」
「んー、明日は東卍の集会あっからなぁ」
「そうなんだ。了解」
「一緒に来る?」
「えっ、それはいい。女が行っていい場所じゃないでしょ」
「でもたまにエマちゃん来てるけどな。あ、エマちゃんてマイキーの妹でドラケンの女ね」
「ドラケン君彼女いるんだ!」
「まぁ正確には彼女みたいな存在、かな」

手を繋ぎながらゆっくり夜道を進んでいく。今日は三ツ谷君は東卍のメンバーの話を色々してくれた。会ったことあるのはマイキー君ドラケン君くらいだけど、話を聞いてるうちに会ったことのない人達のことも詳しくなっていってしまう。知らない人の話でも、三ツ谷君が楽しそうに話してるのを見ているだけで幸せだった。


「名前ちゃんさ、親とはどう?変わらず?」
「うん、なーんも変わらず」 
「そっか…夜出歩いてない?」
「うん」
「なんかさー…前名前ちゃんに彼氏がいたら面倒見てくれそうでいいとか言ったけどさ、一緒に住んだりできねぇしやっぱ限度はあるよな」
「そうだねぇ。でも三ツ谷君好きになってからだいぶ精神面での寂しさは減ったよ。心配かけちゃうから夜出歩くのもなくなったし。あと部屋で三ツ谷君のこと考えたりしてるとなんかね、心臓がキューってなるの。そうやって時間潰せるようになった」
「すっげぇ小っ恥ずかしいこと言うなぁ…」
「でも嬉しかったり?」
「…まぁね」

少し照れ臭そうに笑う三ツ谷君は可愛い。手を繋いで、わざとゆっくり歩く帰り道。冷え性の私の手が冷たくなっているのに気づくと、直ぐに自分のアウターのポケットに入れてくれた。この人はどれだけ私の心臓を締め付ければ気が済むんだろう。こんな日々がこれからずっと続くのかと思うと、私の心臓はもうもたないかもしれない。








 




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