知りながらも招かれよう


充血した眼球のような月から散乱する、どんよりとした赤濁の光が人気が絶えて久しい廃区の上空を包み込んでいた。
ネロは廃墟となったバーの屋上に立ち、ひび割れた隙間から生えた草の疎らな十字路を見下ろす。
ときおり、夜陰の風にふかれて周囲の廃墟から軋る音が響く。
脇に垂らしたネロの右腕は何の反応もみせない。

「…ったく、早くしてくれよ」

先ほどから飯をくれとしきりに鳴きだした腹に手を当てて赤錆びたネオンサイン看板を支える柱に放り出してある紙袋を見下ろした。
しばらく奥歯を噛み締めて睨んでいたが、盛大に鳴りだした腹に舌打ちする。

「キリエのが、いい、のに」

ため息をついて身を屈めると、それを掴み取って中身を取り出した。
ここへ来る前に適当に買ってきた食料を一つを掴む。
包み紙を歯で引き剥がし、吐き捨て中身を貪る。
ペットボトルの蓋も歯でまわして、屋上から路地へ吹き飛ばしてミネラルウォーターを飲み干す。
いつのまにか紙袋は足もとに落ちてブーツで踏み潰していた。
飯を食い散らかすように嚥下するとようやく一息をつく。
夢中になって食べていたせいで唇が汚れていた。舌で唇を舐め、手の甲で拭う。

「こんなのより、キリエの作った飯が喰いたい」

食べ終えたばかりなのに、すぐその言葉が口をつく。
ネロは眼下で灰暗く浮かび上がる十字路を見下ろす。
早く帰りたい、今すぐキリエのもとへ―――――――脳髄を埋め尽くしていく―――――――その瞬間、ネロの右腕・悪魔の腕が疼きだし青白い光を纏いだす。
臓腑が腐り落ちたような臭いが周囲に漂い始めた。
十字路の中心が黒く泡立ち、恥ずかしげもなく粘りついた音をたてる。
やがて、のたくり出でた悪魔が一匹、月下にて獣とも爬虫類ともつかない顔面をさらす。
そして、また別の悪魔が地獄の隙間を縫って沸いて出てくる。三匹、六匹、十二匹―――――――。
吐き気をもよおす陰府より毒臭まじりの魔風が吹きすさぶ。
魔素が強まり、視界が血を刷いたような色に染っていく。

「勝手に、こっち来てんじゃねェよ」

ネロは懐からブルーローズを取り出し撃鉄を起こし、背中に負ったレッドクイーンの柄を掴み、大きく捻る。
一斉に悪魔たちが屋上に立つネロを見上げて悪声を撒き散らした。

「糞みてぇな地獄でのたうちまわってな!」

ネロは地を蹴って、その咆哮の坩堝へ銃弾を浴びせながら飛び込み、イクシードから噴出する炎とともに黒々とした鱗で覆われた悪魔のたちの体を引き裂いた。
着地ざま、身をひるがえし、続けてレッドクイーンを舞わせ、片っ端から切り裂き叩き潰す。
絶叫を轟かせ、繁吹いた血と散開した肉片が粘つく魔風に煽られてネロの頭上で真っ赤に渦巻く。
剣を振るい圧力で弾かれた夥しい血肉が弧を描いてネロの周囲へと滴った。
ぼとぼとと赤い糸を引いて落下する。

狩りはものの数秒で呆気なく終了した。
飛び散った悪魔の血肉は煙をあげて消失し、十字路を覆っていた魔素は薄まり、平常の景色を取り戻していく。
ネロは道路に立ち尽くし、頭上高く掛かった蒼白い月を見上げていた。

「あ―――ぁぁ……腹、減ったぁ、ぁぁ」

そう呟いた時、鼻腔をふいに掠めた悪魔たちの腐臭にネロは大きく身を折って嘔吐いた。
レッドクイーンとブルーローズが派手な音を立てて地へ落ちる。
喉の奥が熱く焼け、胃の中にあったものを路上にぶちまけた。
悪魔たちよりも酷い臭いが鼻を突く。
苦い胃液もすっかり吐き出すとネロは倒れまいと膝をついた。
何度もこみ上げる吐き気に喉を鳴らす。
荒い息と鼓動が耳の中で暴れていた。

「早く、帰りてェ。待ってるのに。キリエが」

焼けつくような喉から刻まれたような声を漏らす。
目蓋が熱くなる。
吐瀉物と唾液で汚れた口もとを手の甲で何度も拭う。

「こんなんじゃ、キリエのところに帰れない」

ネロはブルーローズとレッドクイーンを手にすると立ち上がって遠い闇の中に浮かび上がるフォルトゥナの街へと振り返った。

「俺を待ってるんだ。キリエは、キリエが……」

end





2014.10.8
title/Kamuy


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