一日の始まり


呼ばれたような気がする。
気恥ずかしくも嬉しくなるような心くすぐられる響きだった。
ネロは両の目を朝光から隠していた腕をゆっくりと外して頭を僅かに持ち上げた。
重たい目蓋を開けてカーテンの布地を通して黄味がかった陽光が室内を満たしている。
どうってことない、いつもの朝の、目覚めるときに必ず目に入る部屋の様子―――――――ネロは再びうつ伏せに寝台へと突っ伏して頭に当たった枕を引き寄せた。
なにやら、いつもとは違うような感触だった。
ふわふわと柔らかくていい香りがする。
ネロが知っている心地よいものに、ほんの少しだけ似ている。
今度は仰向けになってクッションのような枕を顔の上に置いてみた。
すると傍らで小さな笑い声がした。
―――――――キリエの笑う声に似ている。
気のせいではなかった。
一瞬、身体が硬直したように動かすことができなかった。
情けないことに。
ある事を思い出して。
つい先日からネロの住処には住人が増えたことを―――――――。

「う、わあああああああ!」

ネロは寝台から転げる勢いで飛び起きて傍らを見やった。

「ネロのお寝坊さん」

床に跪いて寝台の端に両腕をのせて暖気(のんき)に「おはよう」と笑う。

「なん、で、いや、そうか! そうだった! でもっ、キ、キリエ!?」

ネロの素っ頓狂な絶叫に少しだけ瞳を瞠ったが、すぐに微笑みながら首を傾げると、そっと立ち上がる。
そして、椅子にかろうじて引っ掛かっているのや床に放り投げた昨日着ていた衣服を丁寧に拾い集めていく。
転がっていたブーツもきちんと椅子の脚に立てかける。
それは別段、珍しい光景ではない。
幼い頃からキリエがネロによくしてくれた事なのだけど。
寝惚けたりしていると服までも着せてもらっていた事もあった。
今更ながら、その言動に眼がチカチカとハレーションを起こしたようになり、ネロは慌てて目蓋を擦る。
同居を決意した時、このような状況にならないように心がけていたはずが脆くも3日目で崩れた。
ネロは自分の不甲斐なさにがっくりと項垂れる。

「はい。今日の服よ。着たら、ご飯しましょうね」
「……わかった」

膝の上にきちんと畳まれた服一式へ、それから部屋を出ていくキリエを見る。
ネロは暴れる心臓をどうにかしようと、とりあえず髪に指を突っ込んでぐしゃぐしゃと寝癖を直してみる。
身だしなみを整え、一階のキッチンへ下りたらキリエに、しっかりと“おはよう”を言う。
その言葉を頭の中で巡らし、少しだけ冷静になるとネロは着替えるためにTシャツを脱ごうとして、そこで、ようやく自分の上半身が裸だったことに気がついた。


end





2014.10.9
title/空が紅に染まるとき



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