狂弾
「ハイネー、おーい」
濃黒の煙が薄まり、少しずつ視界が開けてきた。
「ハイネたんやーい」
バドーは濛々とした中へ二挺のイングラムMを掴んだままの手をのばし、爆発によって一層悪化した足場をよろめき進んでいく。
「生ーーーーきーてーまーすーかっ」
爆風で飛ばされたのだろう粘りを帯びた赤黒い欠片が斑点のように瓦礫の上に付着している。
粉塵や煙を吸い込まないよう空気の流れを見定めながら中腰になったり爪先立ちになったりと慎重にというか、および腰で前へ前へと足を運ぶ。
有機物と無機物の焼け焦げた臭いが一緒くたになって、そこ等中を泳いでいる。
コンクリート、鉄、肉、血の上にバーナーの炎が奔(はし)った臭い。
咽喉の奥――――腹の底まで爛れてきそうだった。
“正面から突っ込むって、なにそれ。フヒツヨーな中央突破なんざ、飛ばしすぎだってーの”
敵の真っ只中へ鮮やかに跳躍したハイネの残像が脳裏に焼きついている。
口先で文句を呟きながらバドーは残っている左眼を細めて灰色の視界を見通した。
「そこにいるんですかねぇ」
ぼんやりと灰黒い小山のような影が前方に浮かんでいる。
「返事してくれませんかねぇ〜」
転がる死骸を避けつつ、その小山へと近付いていく。
「………………って、できませんよねぇ」
手を振って眼前でしつこく漂っている煙を払いのけ、腰の高さほどに崩れた瓦礫と死骸の上で仰向けに横たわる相棒を見下ろした。
ハイネの身体は横たわった瓦礫の形に合わせて歪に反り返り、着ていたコートやインナーは煤と血に塗れ、中心ほどに夥しい銃弾をくらったために襤褸となっている。
「死んでるところですねー、今は………」
顔も同様、煤と血に塗(まみ)れていた。
そして――――反転している眼球は充血により真っ赤に染まり、崩れかけの天井を、その先に広がる蓋覆(ふがい)に邪視を放っている。
口は裂けよとばかりに開かれ、刃に似た真白い歯列を縁取りにして底無しに赤黒い口腔を晒して――――。
弾力を無くしてぶら下がった両足、
左右へ放り投げたように伸ばされた両腕、
青白い皮膚下から浮き上がった薄紫の血管、
鉤のように折り曲げた五指は掴むものを一つ残らず八つ裂きにしてやると叫び続けている。
憎悪の断末魔で自らの身を引き千切ったかのような相棒の態(なり)を眺めやり、バドーは脱力して上身を前のめりにさせた。
「あーぁもぉ………ぅぐっ………げほっ」
思わずため息をついてしまい、バドーは大きな咳き込みを周囲に響かせる。
手の甲で口もとを押さえながらその場にズルズルと座り込んだ。
瓦礫にもたれると脇にイングラムMを置いて服のポケットというポケットをはたいてタバコを探す。
一本だけ残っていたタバコを銜(くわ)えて、今度は火をつけねばと身体中をはたいてライター探すが見つからない。
「うっそぉ、なに、俺、ライター、落っことしたわけ? えぇー、そんなぁ」
爆煙の残り滓が少しずつ廃ビルの外へと流れ出していく。
「火ィ、火ィっと。あーれーだーけー爆発したんだから、どっかに残ってませんかねっ、と」
バドーはキョロキョロと見渡すが、周囲には灰と黒と白、そして血の赤しかない。
何度も見渡すが、それ以外に何もない。
がっくりと肩を下げて噛み潰していたタバコを放り投げようと腕を振り上げて――――、一瞬だけ固まる。
それから数秒後、渋々と箱に戻す。
「ダメダメ、癇癪おこしたらダメですよ俺」
目蓋にこもった痺れるような熱を拭おうと指の腹でひと撫でした。
その熱さが一つだけしかないバドーの眼球を痛めつける。
「なんですかねェ、ハイネ君。君、最近、荒れてますなぁ」
横たわった屍のハイネへと指差しながら苦笑した。
首に巻いてあった包帯は戦闘により薄汚れてほどけかかっている。
隙間からこぼれる凍鉄の輝きがバドーの指先に灯った。
「ちーむわーくしよーぜ。そのうち、ニルちゃんも守れなくなりますよ、って、よけーなお世話っスよねー」
皮膚を破ってのぞいた“ケルベロスの脊髄”が撒き散らした惨状に冷ややかな沈黙を投げかけていた――――。
「ハイネのアホゥ」
バドーは恨めしい気持ちを声にぶち込んで、今は死んでいるハイネに向かって言い放った。
誤字脱字色々間違いすみません。
2009.7.11
※御題配布元 SLUTS OF SALZBURG
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