赤疼


俺を孕んでしまった女は、その数ヶ月後、ファミリー同士の抗争に巻き込まれて左胸に大きな穴を開けて道端に転がった。
心臓は背中の肉ごと、ひしゃげながら後方へ吹っ飛ばされ、罅割れたコンクリートの壁一面を真っ赤に染め上げたという。

運び込まれた病院で女の死体は膨らんだ腹を切り裂かれ、そこから俺は引き摺りだされて月足らずで産まれた。
誕生の声もないまま。
泣き喚く力もなく、まともな呼吸さえできない、死にかけの新生児――――――――それが皮肉なことに生き延びた。
その赤子が十数年後、父親の意向により、ファミリーのお抱え殺し屋ミハイに「殺し」の技を叩き込まれることになる。
11の時だった。

やがて俺は、ミハイと親父に向けて銃爪(じゅうそう)を引くことになる。
それは別段珍しくもないことで、お互いに承知していたことだ。
少なくとも俺はそう思っていた。
そうでなければ、あまりにも間抜けすぎるだろう?
喜劇にもなりゃしない。

俺の親父は六番街北部を牛耳るファミリーのボス、女は唯の娼婦だった。
女の名前はわからない。
ファミリーの誰かが聞くたびに口にする名前が違ったらしい。
だから、ファミリーの大人たちから発せられる影からの言葉は決まって“娼婦”だった。
親父だけが女の名前を知っていた。
でも、名前だけだ。
いつ産まれて、どこで育ったか、家族のことだとか、街に来る以前のことはわかっていない。
子どもが産めない正妻に代わってファミリーの後継者を腹に宿して育てるという取引をしたそうだ。
街にいる大勢の中から女を選んだのは正妻だ、などという噂がまことしやかに囁かれている。
真実は今だ闇の中。

親父の正妻は外からの言葉など歯牙にもかけない。
屋敷の奥で長い黒髪を揺らして優雅に笑い続けていた。

“あけましておめでとう、パパ。あけましておめでとう、ママ”

ある日、そう言って二人まとめて葬ってやった。
俺が生まれて初めて人を殺してから15年が経過していた。

15年も。

廃墟につくられた狙撃場で、ミハイから渡された初めての銃を凝視しながら、最初に殺すのは親父と正妻だと強く決めた。
なのに15年も二人を放っておいて、俺がいったい何をしていたか?
実に馬鹿馬鹿しいことをしていた。
世の中のことを笑えやしない。
初めて殺した女のことを考えていたんだ。
女は娼婦で、いつもミハイと俺のそばにいた。
凄腕の殺し屋ミハイが真剣に惚れていた娼婦。
名前はミレーナ。
そう呼ばれていた。
その女を俺は殺した。

俺という人間が形作られる前から産まれるまで、産まれてからその後も碌(ろく)なものじゃない。
成長していくにつれ、それは益々増えていく。
取り巻くものを日々目にして、この街でも、この街以外の場所でも、碌でもないことや呆れるようなことは幾らでも転がっている。
毎日、死ぬまで、肯定と否定を繰り返す。
俺を孕んだ女のこと、その経緯、家族のことだとか、産まれ方、悲しいだとか怒りとか、情のようなそれ――――圧し掛かってくる重み。
実際に重みなんてないこともわかっていたのにも関わらず、重いと感じ、本気で嫌悪したりする。
全く馬鹿馬鹿しい。
皮膚を剥ぎ取り、内容物を引き摺り投げ捨て、骨を散らかし置いて、足元から引き剥がされた白影のように成り果てても。
光もなく、色もなく、音もなく、まして暗闇すらない場所へ落ちていこうとも。
その重しは突然に現れ、怪物のように襲い掛かってくる。
すると決まって、あの真っ赤に焼け爛れた穴のことを思い出す。
俺を孕んだ女が胸に咲かせた大輪の花。
あれを見ていたような気がする。
赤い瞼の奥裏で、繋がっている臍の緒を通じて。
死んでいく女の痙攣の中で見ていたような――――。
ぽっかりと空いている赤い穴が、自分の頭らへんに、それから、この胸元あたり。
実体のない幻の傷。
それが、時々、無性に疼き出す。
けれど、それも恐らくは気のせい、その筈だ。






“eleven years of age〜twenty-six years of age”
2009.3.28
※御題配布元 SLUTS OF SALZBURG



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