HALLOWEEN DOGS





「みみー! おーかみさんのみみー!!」


頭に飾り着けた金茶色した狼の両耳を摘まんでリリィがはしゃいだ声を上げていた。

ハイネとジョヴァンニの周囲をスキップしながらぐるぐるとまわる。

片手に握った白い袋が上下に踊り、シーツでつくろったそれには幾つかの菓子が放り込まれていた。


「ハイネーとジョヴァンニーとリリィーで、おーかみさんおーかみさんっ!」

「あははは。リリィってば、すごく楽しそうだね」


ぐるぐるとまわるリリィを見守るような目をしてジョヴァンニが微笑む。

それを尻目にしてハイネは片方の耳を押さえながら眉間に皺を寄せる。


「あーもー、わかったっつーの、うるせぇなぁ」


文句を言うとリリィが小柄な身をひるがえしてハイネの眼前へ弾みをつけて着地した。


「ハイネ、ハイネ」


くるりくるりとしたベビーブルーの大きな瞳でハイネの顔を覗き込むように見つめてくる。


「――――ンだよ」


構えながらも一歩後退してハイネは笑み満面なリリィを見下ろす。


「とりっく おあ とりーと!!」


両腕を限界まで伸ばして万歳の形にし、誇るように叫ぶ。


「………………いや、それって、大人に言うヤツなんじゃねーの? 確かさ」


リリィが驚いた顔でジョヴァンニを見る。


「そーなの?」

「別にいいじゃない、ハイネ。三人だけでハロウィンしようよ」


ジョヴァンニが今にも泣き出しそうなリリィの頭を撫でながらハイネの失言を咎めるように軽く睨んでくる。


「わ、わかっよ、わかったから………」


ハイネは自分の何気ない言葉がリリィの涙となってしまったことに焦燥するも、どうしていいかわからず口ごもった。


「大丈夫、リリィ。ほら、泣かないで。君の好きにしていいんだよ」


そう宥める言葉をかけながらリリィの尖った頤(おとがい)を持ち上げ、目頭に盛り上がった大きな涙の粒を指先でそっと拭っていく。

ひどく面白くない気持ちでハイネはその様子を睥睨した。


「とりっく おあ とりーと、ハイネ!?」


気を取り直したリリィがハイネの前に立って、もう一度迫ってくる。


「ト、トリート………?」


なぜか疑問のイントネーションで答えながら手に持っていた袋をリリィにつきつけた。


「わぁ、ぜんぶ、くれるのっ??」

「………全部やる」


腕を組んでハイネは頷く。


「うわぁい、ハイネ、好き大好き!!」

「………わ、わかった。わかったて。いいから………」


飛びついて強く頬ずりをしてきたリリィの頭を掴み、それでも乱暴にならないよう必死で距離をつける。


「ねぇ、ハイネ。僕の時は“トリック”って言うつもり?」


ジョヴァンニが笑い声をこぼしながら聞いてくる。


「るせーよ。お前なんか、ソッコーぶっ飛ばしてやる」

「へぇ………」


ハイネは牙を剥きだしてジョヴァンニに笑いかけた。

そんな空気をぶち破って、リリィが今度はジョヴァンニへと向き直って両手にある菓子の入った袋を揺らす。


「とりっく! おあ! とり――――と!! ジョヴァンニ?」


やわらかい笑みを浮かべてジョヴァンニは目を眇める。


「トリック」

「はぁ?」


ぽかんとしてハイネはジョヴァンニを注視する。

目の端でリリィの狼耳と尻尾がぴょんっと跳ねあがったような気がした。


「ジョヴァンニを、がぶがぁぶ、しちゃうぞ――――!!」

「なっ、おいっ、ちょっ、やめっ――――リリィ!!」


ハイネが止めようとするよりも素早くリリィがジョヴァンニへ飛びかかった。

二人ともに床へと倒れ、もつれあうように転げまわる。


「食べちゃうぞぁ! がぁぶがぶがぶ〜!!」

「くすぐったいよ、リリィ、あはははは――――」


ボタンが弾け飛び、布地が裂ける音が響いた。

露出したジョヴァンニの肩先にガブリっとリリィが噛み付く。

ハイネは唖然として見ていたが、二人の笑い声で、ようやく我に返り、慌ててリリィの襟首と腰を掴んでジョヴァンニから引っぺがした。


「なにやってんだ――――!!」

「………なにって?」


ゆっくりと身を起こしながらジョヴァンニは不思議そうにハイネを見上げてくる。

上着のボタンは殆どが千切れとび、シャツは所々引き裂かれ、そこからのぞいた皮膚には薄(うっす)らと噛んだり吸ったりして生じた色味がついていた。


「ジョヴァンニに、いたずらしたのー」


きょとんとした後、リリィが目を瞬かせながら耳元で叫ぶのでハイネは僅かに仰け反って無邪気な笑顔を睨みつける。


「うっせ、耳のそばで大声出すな!」

「僕はリリィに、悪戯された」


しれっとした顔でジョヴァンニが言うと、えへんっと得意そうにリリィがハイネの腕の中で胸を逸らす。


「ねーねー、ハイネ! とりっく おあ とりーとっ?」


大きく首を傾けてリリィがハイネのこめかみに額をぴったりとくっ付けてくる。

イタズラそれともお菓子――――その二つの答えがハイネの頭の中で旋風しだした。


「なんか、イケなーいこと考えているんでしょ、ハイネ?」

「………………ベタベタベタベタ、気安くリリィに触るんじゃねーよ」


その揶揄に対して負け惜しみまじりで恫喝するが、案の定、ジョヴァンニには全く利いていない。


「困ったお兄ちゃんだね」


ジョヴァンニが微笑むとリリィが笑い声を響かせて「困ったお兄ちゃん、困ったお兄ちゃん」と叫ぶ。


「てめー、好き放題言いやがって――――」

「ねーね、ハイネ?」


しきりに揺すってくるリリィに勘弁しろとハイネは顔を顰めてみせる。


「なんだよ、またかよ! 二回目だろ」

「じゃ、今度は、ハイネがリリィに言ってあげたら?」

「………はあ?」


ずたぼろになった服を何とか整えながらジョヴァンニが立ち上がった。


「あ、そっか。うん、言って言って! ハイネ!」


ハイネは意味が分からず、傾げたい気持ちで交互に二人を見返す。

ぴょこぴょこっとジャンプして、髪を揺らしてリリィが待ち構えている。


「はやく、はやく、言って」

「トリック オア トリー………ト?」

「とりっくぅ!!」

「あああああ!?」


怯んだ瞬間、リリィがぶつかるようにハイネに抱きついてきた。

バランスを崩し、そのまま床に押し倒される。


「ハイネを、がぁぶがっぶしちゃうぞー!」

「いてぇっ――――なんで、お前のほーが、噛みついてくるんだよっ!」

「あ。間違った! ハイネ、わたしにがぶがっぶしてがぶがぶっ!」

「リリィ――――!!」


ジョヴァンニが腹を抱えながら大きな笑い声をあげた。


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2009.10.31
※御題配布元 狗小屋
※素材 クロリスは恋焦がれる

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