里を出た夜のことを覚えている。
夜灰の叢雲流れる虚空に下弦の月が掛かっていた。
意識を失ったお前をしばらくの間、見下ろしていた。
その時に闇と憎しみ以外の心すべてをお前に残したいと願った。
捨てたくても捨てれなかった諦めきれぬ思いを。
二度とは戻らぬものを幼子のように駄々を捏ねて求める本当の心を。
オレの夢は過去にしか無い。
その過去もお前に残していく。
すべてを捧げてくれたお前にオレは何が出来るのだろうか―――――――。
無力で守ることも出来なくなった、このオレに。
そして、いつか必ずオレの手がお前を傷つけてしまう日がくるだろう。
それでも慕ってくれるお前に。
例え、この先、お前が誰かに心を寄せることになっても、オレのすべてはお前のものだ。
この身が朽ち果てても、お前以外の誰にも奪わせない。
ただ、オレの身を喰らう闇と憎しみはお前にふさわしくない。
お前にだけは見られたくない。
もしもこの先、オレに出会っても、それはただの抜け殻だ。
荊棘(オドロ)に巣食う蛇、寒林(ガンリン)にて骨をうつ悪鬼にすぎない。
必ずお前を求めて牙を剥き、凶刃をふるう。
だから、追いかけてくるな、何も見るな、言葉に耳を貸すな。
オレに捕まらないでくれ。



突(とつ)としてベッドから降りて、何と無しに病室を出た。
廊下を歩いていても呼び止められることなく、やがて階段を見つけると手すりを掴んで階上へと足を運ぶ。
二度ばかり踊り場を通り過ぎると少々色褪せた鉄扉が見えてくる。
ノブをまわして押すとくぐもるような音を響かせて扉が開いた。
扉を潜って屋上へと出る。
洗い濯がれた真っ白なシーツが、ゆるやかな風ではためく光景が一面にひろがっていた。
振り返ってみれば屋上の両端に貯水タンクと水管がある。
サスケは干されたシーツの合間を縫って歩いていると、白い光景が途切れた前方に古びたベンチが置かれているのを見つけた。
ベンチの傍らには洗濯物を運ぶ大きな籠が転がり、そよぐ風に揺られている。
籠を掴んで立てると木造のベンチへと腰掛け、揺れるシーツの上からのぞく貯水タンクをぼんやりと見上げた。
確か、木ノ葉の里はペインの襲撃により壊滅に近い状態となったはずだが―――――――この病院は以前に利用したあの建物なのだろうか。
あの時は、ここにシーツなんて干されていなかったはずだ。
サスケの千鳥とナルトの螺旋丸によって壊してしまった屋上の設備はどう後処理したのだろうか。
カカシが病院の関係者に謝ったのだろうか。
そんな取り留めのない思いばかり浮かんでくる。
一人で暮らしていたあの家、あの部屋はどうなったのだろう。
里に戻れば投獄されるか、そうでなければ厳しい監視下に置かれると思っていたが、今のところ皆から療養を第一に考えろと言われて処遇の件は保留になっている状態だった。
宙に浮いたまま、つかの間のに漂っているかのように時間が過ぎていく。
それでも以前は絶えずあった不安や焦りが、今は不思議と覚えない。
虚脱でもない。
身の内にある瞋恚(しんい)の炎は失ってはいない。
だが同時に静寂に満ちている。
それは果たして執怨のはてを確かめ得たものなのか、そうではないのか―――――――。



幾重にもたなびく雲と風をはらんだ白布が旗のようにひるがえる。
微かに扉が開いた音を耳にしてサスケは面を上げた。

「サスケくん……サスケくん……」

逼迫するよな響きを滲ませた知った声がする。

「サクラ?」
「サスケくん……?」
「どうした?」

サスケは声のする方へ問いかけながらベンチから立ち上がった。
ひるがえるシーツを避けて回り込むように声がした方へと歩いていく。
もう一度、問いかけたが応えがない。

「サクラ?」

すると傍らでそよいでいたシーツが僅かに引かれて、そこから恥ずかしげな笑みを浮かべたサクラが顔をのぞかせる。
サスケは安堵するとサクラの頭に乗っかっているシーツを右手で掴んで退かす。

「どうした?」
「…なんでもないの。邪魔してごめんなさい」
「すまない。勝手に病室を出た……」
「違うの、いいの……だって…」

遮るように言うとサクラは小さな子供のようにふるふると頭を振る。

「…サスケくん、ずっと病室ばかりだったし、窮屈で……外、出た、い」
「サクラ?」

手を伸ばして白い頬に触れてみるとサクラがびくりと身体をふるわせて瞠目した。
不安に揺れる眼差し―――――――指先で眦を撫でると湿っている。

「オレがどこかへ行ってしまったと思ったのか?」
「ち、違、うの……」

サスケの腕を遠ざけようとサクラが顔を背ける。
それを押し止めるとサスケは身を僅かに屈めてサクラの顔を覗き込んだ。
ぎゅっと目を瞑って泣くのを堪えるようにサクラは身体をふるわせている。

「約束する。里を離れる時があれば、必ずお前に伝える。そして、また、帰ってくる」

サクラが目蓋を開けておずおずとサスケの瞳を見返してきた。

“また、お前と巡り会う”


-終-



2014.12.13 pixiv up
忍界大戦終幕後の話。サスケ→サクラです。
ベタで少女漫画のようなサスケ→サクラを書きたいなと。
木ノ葉の里で療養中のサスケと、その世話?をしているだろうサクラです。
サスケは一部の頃からサクラを意識していた派です!(*^∇^)ノ


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