里をぐるりと囲む巖壁の一郭に桜の木があった。
見事な薄紅枝垂の巨木で、その高みは首を真上に向けて望んでも掴めない。
地上へと達した枝には薄紅の花が咲きこぼれ、まるで桜の滝が滔滔と落ちるようだった。
春風に揺られる枝垂れから淡い花びらがひらひらと舞う。
踊るように散る花びらが髪に、頬に触れる。
肩や、胸を掠めて通り過ぎていく。
足元にひらひらと舞い散る。
手のひらを仰向け、落ちてくる花びらを受け止めようとして途中でそれを止めた。
こちらに向かって真っ直ぐに駆けてくる足音にサスケはため息をつく。

「サスケくーん!」

名を響かせながら軽くジャンプをしてサスケの傍らに来ると顔を覗き込むように少しだけ身を屈めてくる。
サスケは間を置いて隣へと顔を向けると頬を淡く染めたサクラが嬉しそうに満面の笑みをする。

「あのね、カカシ先生から言付け。明日の集合時間、9時に変更だって」
「…わかった」

そう応えたサスケをサクラが茶目けにじっと見つめてくる。

「…なんだ?」
「ねぇ、ねぇ、サスケ君。なに見てたの?」
「なにって…」

聞かれた意味がよくわからずサスケは頭上を覆う滝桜を見上げた。

「桜を見て、た……」

サスケは閉口してサクラを軽く睨みつける。
ますます頬を上気させたサクラが弾むような足取りでサスケの周囲をまわる。
サクラが何を思ったのか見通せたような気がした。
同じ名前のものに目を向けてくれて嬉しいと―――――――そう言っているかのような天真爛漫な笑顔にサスケは呆れ果てつつ、その稚さに心が揺れて例えようもない歯痒さを覚える。





桜が惜しげもなく舞い散っていた。
千千と狂う幽紅が身にひっそりと降り積もる。
散る様をなす術もなく今年もまた見送らねばならないのだろうか。
蒼穹へひろがる枝に咲き誇る桜花の下、横たわったまま顔をゆっくりと傍らへ向ければ重吾が控えていた。

「……何があった?」

何事もなく山中を駆け進んでた筈だ。記憶を探ってみるが、どこか漠としている。

「ここを通りかかった時、急に倒れた」
「倒れた?」
「すぐに香燐が診たがどこにも異常はないと言ってる」
「そうか…」

なにか物言いたそうにしている重吾から視線を外して上身を起こす。花びらがはらはらとこぼれ落ちた。

「サスケ、どこか…」
「大事ない」

一蹴すると重吾は沈黙した。
止め処なく、音もなく、唯、降るばかりの花片をサスケは見つめる。
思いの在り処をさがしても、この花のように霞んでいくばかりだった。

「―――――――なぜ、こんな場所に寝かせた」
「その……、サスケは桜がよく似合うからと二人が聞かなくて……」

重吾が躊躇いがちに答える。

「………くだらない」

ふと、身体の下と手のひらから伝わってくる巌に後ろを見やる。
巨石を真っ二つに裂いた樹勢ある桜の木が生えていた。
呈された奇観に苦笑する。

「まったく、救い難い」


-終-



サスサク氷河期の頃の話。
サクラはサスケの回想で登場するのみです、すみません;;


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