何故、許してしまったのだろう。
何故、あの時に預けた鍵を返せと言わなかったのか。
目の縁が急激に熱くなり、視界がぼやけていく。
ふるえながら、痺れている手を徐々に動かした。
窓から溢れる明かりの中にはサスケを待っているサクラがいる。
たったそれだけのことで、何故、こんなにも打ちのめされてしまうのだろう。
“帰りたい”と叫んでいた。
心の抑えがきかず溢れだしてくる。
“帰りたい 帰りたい 帰りたい 早く 光が消えないうちに”
封じていた感情はいとも簡単に開放されてしまう。
“早く、あの明かりの中へ帰りたい”と泣き喚く。
背後で微かな人の声を耳にしてサスケはずぐ傍にある暗く狭い路地裏へと身を隠した。
濡れた頬を腕で拭いながら物陰へとすわり込む。
“待っていてくれる”
何度も何度も意思は解かされる。
どれだけ求めていたか。
どんなに拒絶しても眼前に差し出されたそれに自らの本性を露呈して突きつけられる。
こんなにも欲しがっていたのだと思い知らされる―――――――何よりも誰よりも強く求められることを。
愛されることを。
愛して欲しいと焦がれている。



玄関前も、扉を開けた廊下も電灯が点されていた。
なにか声をかけようと思ったが言葉は思い浮かばず、無言のまま半長靴(はんちょうか)を脱ぐ。
傍らにはサスケのものより一回り小さめの半長靴があり、一瞥しては小さく息を吐く。
思いのほか家の中は静かだった。
少しだけ戸惑いながらもサスケは廊下を進み、部屋の扉をゆっくり開ける。
同時に玄関にも漂っていた夕餉の匂いがふわりと纏いつく。

「………?」

覚悟していた頓狂な声の迎えもなく、すんなりと部屋に入る。
視線を巡らし姿を探すとローチェストの横にもたれ、頬が肩につきそうなほどに首を傾けたサクラがいた。
屈託のない顔ですやすやと眠るサクラを見下ろしてサスケは脱力する。
二、三度呼びかけたが起きる気配はない。
始末の悪いことに揺らしたせいで、そのままずるずると崩れて床の上へと寝転がる。
その様に呆れてサスケは立ち上がり、先ほど目の端をかすめた見慣れないものがある方へ歩いていく。
室内の中央寄りに置かれた薄桃色の折りたたみテーブルの前に立ち、卓上に用意された夕食を見つめる。
どのおかずも時間が経っても温めなおせば大丈夫なものばかりだった。
拙くとも懸命さが感じられて、思わず苦笑しそうになった瞬間、はたと夕餉が置かれた折りたたみテーブルに目を凝らす。
部屋の雰囲気に全くそぐわない色と恥ずかしい形状のそれにサスケは絶句し、一旦、瞑目した。
あまり使うことのない台所を覗いてみればピンクや赤い色の少女めいた調理用器具が棚に置かれてある。
サスケは振り向いて眠っているサクラを睨みつける。
―――――――食事が済んだらサクラの背中に全部括りつけて放り出そう。
憤慨して床の上で横たわっているサクラの方へと引き返す。
細く安らかな寝息をたてて眠るサクラの背中と両の膝裏に腕を差し入れて、ゆっくりと抱き上げる。
その時、何か小さなものがサクラの服からこぼれ落ちたが、一先ずそれは後回しにした。
抱き上げたものの、室内を見渡しても寝かせられるところが見当たらず、サスケは臍(ほぞ)を噛む。
1人掛けソファとベッドを見比べると歯軋りをしながら一方へと向かう。
自分のベッドへサクラを寝かせるとすぐさま、さきほど床に落ちたものを確認しに戻る。
やはり、此処の鍵だった。
念のため自分のマスターキーを確かめると、手にあるもう一つの鍵を握り締める。
その鍵をサクラの服にあるポケットの中へ滑り落とした。
起きたら取り上げれば良いと自分に言い聞かせながらサスケは夕餉の温めなおしをするために台所へ向かう。
身体が空腹を強く訴えはじめていた。



一族を滅ぼし、家族を殺めても生き長らえている男のようにはなるまい。
もし、闇に囚われて愛する人を傷つけてしまいそうになったら遠くへ去ろう。
たとえどのような誹りを受けようとも、どれだけ汚濁に塗れ身を汚しても、愛する者を捨てるようなことだけはしない。その手を離したりはしない。
もしも憎しみに駆り立てられ愛する人を傷つけてしまったのなら、止み難い狂気に呑み込まれて愛する人を殺めてしまったのなら―――――――その瞬間に自分の胸をも貫いてしまおう。
決して己を許しはしない。



-終-



2015.4.9
サクラちゃんがサスケの部屋に持ち込んだ恥ずかしいテーブルはハート型とか、お花型とか、ネコ型とか、頭悪すぎて今どきこんなんねーよ、てめぇどこで買ってきやがった怒怒怒!っていうものじゃないかなーと思います。
結局そのままサスケの部屋のどこかにたたみ込まれて置きっ放しだったりと。


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