はじめに聞こえたのは泣き声だった。
暗いばかりだった視界が遠ざかったと思うと、代わりに霧が降りてきて以前見通しがままならない。
響く嘆き声に視線を向けた。
横たわり微動だにしない身体に縋ってサクラが泣き伏している。
サスケは傍らで立ち尽くし、その寂しげな様を見下ろした。
身を捩って悲嘆に爛れたような声を上げて泣きじゃくるサクラと白く細い腕(かいな)に抱かれて事切れた自分の―――――――体中に夥(おびただ)しい傷を受けた血染めの姿を。

“サスケくん、サスケくん”

サクラが必死に名を呼びながら泣いている。
身を屈めてサクラの肩に触れようとして、そこではじめて自分が半透明な身体をしていることを知った。
透き通っている手をひろげまわし、掌と手の甲を交互に見つめる。
躊躇い、それでも腕を伸ばしてサクラの髪に触れてみたが、なんの感触も伝わってこない。

『……サクラ』

呼びかけてみたがサクラは傍らに立つサスケには気づくことなく泣き続けていた。
ふと、サスケは横たわる、もう1人の自分へと目を向けてみる。
傷と血で汚れてはいたが苦悶のない穏やかな表情を浮かべて眠っていた。
感慨も覚えず、他人事のような思いで仰向いた自分を見下ろす。

“サスケくん………サスケくんっ”

『……泣くな、サクラ、泣かないでくれ…オレは―――――――』

触れることが適わないゆえに、だからこそ安堵してサスケはサクラへと手を伸ばす。



目蓋を開くとサスケは横たわっていた地べたから飛び起きた。
修練場はすっかり夕間暮れに染まっている。
空を見上げれば葉隠れに残照の気配が感じられず、帰る時間がとっくに過ぎていることを知った。
急いで手裏剣やクナイを回収する。
帰る時間を気にしないよう打ち込みすぎたためでろう修練の結果は散々だった。
心体技、どれも僅かに乱れがあった。
サスケは溜め息を吐くと、巨岩の割れ目に刺さったクナイをゆっくりと外し、改めて修練場を見渡してから出口へと向かった。
その時間に必ず戻ると約束したわけではない。
ぎゃーぎゃーと事あるごとに騒ぐので、とうとう―――――――とうとう根負けして好きにしろと放り出して修練場へ逃げてしまったのは間違いだった。
今さら後悔してもどうしようもない。
そんなことを考えながら、ふと我に返るといつの間にか疾走していることに気づく。
立ち止まって歩くように努めたが、すると何故か苛つきが溜まってしまい、早足になり、駆け足となり、また疾走している。
取り返しのつかないことをしてしまったような気がした。
心なしか呼吸が乱れているように感じる。
見慣れた薄暗い路地を曲がり、見慣れた建物を視界に捉えた瞬間、サスケは息を呑んで立ち止まった。
自分の住処がある階を見上げながらたたらを踏み、歩むのを止める。
ベランダ側にある壁窓から電灯が煌々とあふれていた。
外壁の排気口から薄っすらと夕煙がのぼっている。
呻くとも喘ぐともつかない微かな響きが噛み締めた唇の端から漏れ出る。
予想していた以上の衝撃に四肢は痺れて、身体のふるえが止まらない。



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