日が暮れて、家々の窓からひとつふたつと灯りが点っていく。
夕餉(ゆうげ)仕度の煙が立ちのぼり、空腹をますます誘う良い匂いが街路まで漂ってくる。
火灯し頃になっても、まだまだ賑わいをみせている木ノ葉商店街をサクラは急ぎ足で歩く。
日が落ちる前には帰ると母に伝えてあったのをすっかり忘れて、火影楼で同期であるいのたちと話し込んでしまっていた。
こっぴどく叱られるだろうと怖々、思い直して歩幅をさらにひろげようとした瞬間、並ぶ店先で知った姿を認めてサクラは大きくつんのめる。

「サ、サスケくん!?」

仕出し屋から弁当が入っているらしい袋を提げて出てきたサスケの前へと駆け寄った。

「……サクラか」
「どうしたの……って、あ、夕ご飯? これから?」

サスケの顔と手に提げた仕出し屋の店名が刷られた袋を交互に見る。
「そうだ」と短く答えて歩き出そうとしたサスケの腕をサクラは思わず引っ張った。

「なんなんだ」

眉根を潜めて見返してくるサスケにサクラは「わ、わたしもお弁当買う!」と叫ぶ。

「…は?」

お前はなにを言ってるんだという呆れ顔をされたがサクラは逸る気持ちに押されてサスケへと詰め寄る。

「サスケくんと一緒に、夕ご飯、食べたいな!」
「バカ言ってんじゃねェよ。早く帰れ。家で飯を食え」
「やだ! サスケくんとがいい!」

サクラは周囲を見渡し、近くにあって直ぐに持って帰れる弁当屋をさがす。

「わたし、お弁当買ってくるね! すぐ! すぐだから! 待ってて!」
「……お前なあ! おい!?」

サスケの言葉も聞かず、サクラは目星を付けた店へ急いで飛び込む。
飛び込むと同時に棚に並んでいる弁当に視線をはしらせ、好みのものを取って精算を済まして通りへ戻る。
思ってたとおり、既にサスケの姿はそこにはなかった。
頭を巡らせ人通りを確かめる。
道行く人々の間にサスケの後姿を見つけるとサクラは胸を撫で下ろして後を追いかけた。

「さっさと家へ帰れ」

追いついたサクラに向かってサスケが振り返りもせずに鰾膠(にべ)もしゃしゃりも無く言う。

「サスケくんとがいいんだもん」

サスケの貌を窺(うかが)う。
サクラの足に合わせてくれず歩いていくので脇顔すら見えず、表情を確かめることができない。
店先と街路灯の光がサスケの頬の輪郭を鮮やかに照らす。
サクラはうつむいて、ぶら下げた弁当の袋を両手で揺らした。

「いいもん。一人で食べる」

踵を返し、すぐ側にあった路地へと駆け込む。

「おい、サクラ!」

振り返らず、路地の人気がないのを確認すると跳躍して建物の壁を蹴った。

「家に帰れって言ってんだろうが!」
「やだ! サスケくんとがいい!」

サスケの叱声が追いかけてきたがサクラは屋根へと上り、それから高層の屋根を選んで火影の顔岩がある巖壁(がんへき)を目指して疾走する。
大きく跳躍して側壁に設けられた折れ階段の途中に着地した。
着地様、背後を振り返って、すっかり日が暮れて家々の明かりによって和やかに照らされつつある里を見下ろす。
追ってくる気配はまったく感じられない。
ため息をつくとサクラは階上を見上げ、そこからは階段をつかって広めの踊り場まで上っていった。

休憩所にもなっている広場のベンチに腰掛けて弁当が入った手提げ袋を膝に乗せるとサクラは大きく息を吐く。
また、やってしまった―――――――いつから、サスケに対して、こんなにわがままを言うようになってしまったのだろう。
アカデミーに入ったばかりの頃から、ずっと追いかけてきた。
懸命に追いかけていると、時々なんの気まぐれか振り返ってくれるようになり、渋々ながらも願いを聞いてくれる。
下忍となり七班に配属された日の出来事で完全に嫌われたと思い、その後すぐに顔を合わせた時にはもういつも通りに接してもらえて、どれだけ幸せな気持ちになったか―――――――。

「だって、サスケくんとがいいんだもん。いいもん……」

ベンチの横にある広場電灯の下、サクラは唇を尖らして独りごちると弁当の包みを剥がした。
それを折りたたみ、膨らんだままの袋の傍らへ置く。
その上に弁当の蓋を乗せる。
割り箸を手にして彩る惣菜を食べようとしたが、すぐに動きを止めた。
その惣菜は、サスケが好きなものだ。
すぐに違う惣菜へ視線を逸らしたが、それもサスケの好きなものだった。

「……うぅっ」

くすんと小さく鼻を鳴らし、気を取り直して次に目を向けたそれも―――――――サクラは真ん中に梅干がのり、黒ごま塩が振り掛けられた白飯に箸を向ける。
すると思いがけず人影が目の前に音もなく瞬き降り立つ。
サクラは箸を動かすのを忘れて、いきなり現れたサスケをじっと見上げる。
先ほどと変わらず、微かに眉根を顰めているような顔つきをしていた。
ペットボトルを2本置き、その内の1本をサクラの方へと押しやる。
それから隣に腰掛けるとサスケは袋から弁当を取り出して黙々と食べ始めた。

「お茶、ありがとうね…………ごめんなさい……」

サスケは何も言ってこず、静かに箸を動かしている。

「……怒ってる?」

何も答えず海苔とその下におかかを敷き詰めた白飯をサスケは頬張る。

「あのね、サスケくん。鶏と蓮根のつみれ揚げと厚焼き玉子と、南瓜そぼろ煮、食べる?」

一呼吸するほどの間が空き、無言ままのサスケが自分の弁当をサクラの前へと出す。
「まだ、箸使ってないからね、大丈夫だよ」と言いながら差し出された弁当へ自分のものをくっつけるとサスケが好きな惣菜を空いた場所に移していく。

「なんで、弁当のおかずに黄な粉餅と餡ころ餅が入ってるんだよ」

サクラの弁当をじっと見て呟くように言う。

「変、かな?」
「変だろ。飯に甘いもんなんか、口の中がおかしくなる」
「そうかなぁ…」
「絶対、変だ」

そう言い切るとペットボトルの蓋を開けてお茶をごくりごくりと飲む。

「あ、わかった。食べたいって思ってたお弁当に、お萩とか、入ってたんでしょう?」
「うるさい」

厚焼き玉子を口の中に放り込みながら軽く睨みつけてきたサスケにサクラは笑いかける。

「そういえば、サスケくんが初めて食べてくれたのって、くノ一のお料理授業で作った餡子のお餅だったよね」
「忘れた」
「苦手なの食べちゃって、あの後、倒れたりしなかった?」
「そこまでひどくねェよ」

サスケの横顔を見つめながら嬉しさに唇が綻んでくる。
七班になり同じ任務につくようになってから、ますます共に過ごす時間が増えてきた。
それに伴い、サスケがサクラのわがままを許してくれることが増えてきたのを、ようやく最近になって感じ取る。
はじめは、そんなことを思ったのが恥ずかしくて打ち消そうとしていた。
同じ班になったからだ、ただそれだけで、もしかしたら別の少女がサスケの隣にいたかもしれないのだから。
何度も自分に言い聞かせているのにサスケを前にすると脆く崩れてしまう。
こうして間近にいられるなんて夢のようで、時々、心が落ちつかなくなる。
足もとがふわふわと揺れているような、ふわふわと沈んでいくような感覚に包まれてしまう。

「えへへ〜。サスケくんが、買ってくれたお茶、大事にとっておくんだ〜」

ぱくりと彩人参と椎茸の田舎煮を食べているとサスケがサクラのペットボトルを掴み取って蓋を開ける。

「やだぁ〜! なんで勝手に開けちゃうの!」

慌ててサスケの手からペットボトルを取り返す。
封切られたそれを抱きしめながらサスケを強く見つめる。

「ざまあみろ」
「せっかくサスケくんが買ってきてくれたのに…」
「そんなもん、いつでも飲めるだろが。バカ言ってねェで、さっさと飲め」

口端を少しだけ上げるとサスケはすぐにいつもの然らぬ顔(さらぬがお)に戻して白飯にそぼろ煮をのせて食べる。
サクラは唇を尖らしてサスケの端正な横顔をじっと見た。

「サスケくん、食べるの早い」
「腹減ってたんだよ」
「怒って、た?」
「当たり前だろ」
「あのね、ミニ弁当もあるの。食べる?」

サクラは袋から一まわり小さな弁当を取り出して両手で持つとサスケへと身体を向ける。

「食べる。寄こせ」

サクラは笑いながらミニ弁当を渡して、サスケの空になった弁当の器や包み紙を袋に入れた。


-終-



2015.1.14
波の国編から中忍試験開始の間ぐらいにあった下忍時代のお話。
もしかして恋愛ごっこしてたかもしれない、そんなサスサク妄想がとまりません。


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