キラは部屋にある唯一つの窓に向けて車椅子を動かした。
風に吹かれ、窓枠で踊る白いカーテンを払いのけ、身体の後ろへと追いやる。
なだらかな丘陵を眼下に、蒼穹を仰ぎ見る。
薄く刷いたような雲のすじが幾重と重なり、海の方角へと流れていく。
低地では逆に吹いているのか、丘陵を登ってくる風には緑のほか、明け方に降った雨の香が含まれていた。
カーテンは羽毛の如くキラの背中を包み込み、ふたたび風によって揺れ踊る。



ノックの音が響き、次いで扉が静かに開いた。
閉める音とともに「もう、起きても大丈夫なのか?」と顰めるかのような、低い声がした。
キラは肩越しから背後を見やる。
髪が乱れ、視線を塞ぐ。
少しだけ顔をうつむかせて塞ぐように揺れる前髪を風だけでのける。

「……少しの間だけならね」

入ってきた青年にキラは囁きにも似た仕草で答えた。
風をはらんだカーテンは中央から膨れ上がると弧を描くように裾をひるがえし、束の間だけの視界をキラに与えてくれた。
病室に吹き込んだ強い風に青年は藍色の髪をなびかせ、碧緑の瞳を僅かに細めながらキラの方へと歩いてくる。

「風が強すぎる」

ベッドの側にあるイスに黒のコートを置きながらアスランは言った。

「………体にはよくない」

はためくカーテンを掴み取り窓枠へと引き、片方の窓だけを閉める。

「気持ちいいのに」

それには応えず、アスランは身体を屈みこませ、キラの腰あたりまで膝掛けを引き上げて整え直す。

「一人なのか?」
「うん。今、家に戻ってるんだ。少し前に病院を出たんだよ。入れ違いになったみたいだね」

アスランは車椅子の隣りに佇み、キラを見下ろしてくる。

「そう、みたいだな…」
「………あのね、アスラン。しばらく、オーブから離れるんだって」

そのことを伝える――――なにもかもを投げ出して逃げる決心をした――――両親の悲愴な面持ちがキラの脳裏をかすめていく。

「行き先は、まだ、おしえてもらっていないんだ。でも、着いたら、絶対、アスランには連絡するよ。ねぇ、会いにきてくれるでしょう?」
「………わかった。会いに行く」

アスランは目元を和ませ、少しだけ笑うと窓の外を眺めやる。

「よかった」

キラもそれに倣うように窓の外へと目を戻した。



「何度か来てくれてたんだってね。………ごめんね」

キラはうつむくと寝着の上から腹部に手をあてる。

「そのことはいい。それよりも―――…」
「――――なに?」
「……あの日のことは―――刑事記録にはならないよう、カガリが処置をした。お前の願いどおり」と言葉を断ち切る。

胸中にある蟠りを噛み殺すかのような声だった。

「…………謝らなきゃ」

そう呟くも、キラは別のことに考えを巡らせる。
自分の価値というものがオーブではどの辺りに属しているのか。
処置の際の各首領家の公的な反応と私的な反応を既に把握している。
カガリにも探りを入れてみようかと考えながら「たくさん――――…迷惑かけちゃったね」とアスランを見上げた。

「落ち着いたら、よく話し合え」

キラは苦笑して「また、病院送りかなぁ」と仰ぎながら呟き、アスランに睨みつけられて「ごめんね。冗談だから」と言い訳する。



ベッドに戻ろうとするとアスランが後ろにまわり、車椅子を押し動かす。

「大丈夫だよ。さっきも一人でできたし。立ち上がるなんて少しだけ…」

立ち上がろうとするのを制止し、背中と両膝の下に腕を差込み、慎重にベッドへとキラを横たえる。
アスランの背中にまわしていた腕を外しながらキラは「ねぇ、どうしてる?」と尋ねた。
痛むような微かな漣がアスランの表情を通り過ぎ、溜め息を一つだけ零す。

「忘れろ」

短い答えにキラはアスランの目を見つめた。
言葉の前にあった躊躇いなど払拭している。

「シンはどうしているの?」

手を延ばし、屈めた上体を正そうとするアスランの腕を掴んだ。

「忘れろ」

さきほどの声色と寸分の違いもなく言う。
キラは掴んだアスランの腕に力を込めて引き寄せる。

「もう、会いにいかないから。おしえてよ、アスラン」
「彼にかまうな。かまわないでくれ。キラ」と言い捨て、片方の手でキラの手首を握り締めて強引に引き剥がし、シーツの上に押さえ付けた。
「誓うよ。アスランの言うとおりにする。会わないよ。もう二度と。忘れるから。だから、今だけ……。ねぇ、シンのこと、おしえてよ。シンはどうしているの?」



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