“尽きぬ過剰なまでの思慕など幻想、過去ならば尚更狂気の沙汰でしかないことをわかってはいるのだろう”



本来、身につけて香りの楽しむもの――――空気に充満したそれは、神経までも侵してくるような毒となっていた。
既に嗅覚は麻痺してしまっている。
鼻の付け根、咽喉、目の奥は熱く疼き、徐々に頭痛がひどくなっていく。
まともな呼吸など出来ず、獣のような喙息(かいそく)がシンの耳朶をうつ。
そして、同じ空間にいる――――もう一人が喉を鳴らして放つ咳き込みも混じっていた。

「………あんた、なに、して、る……んだ、よ」

シンは腕で鼻と口を塞ぎながら足元で喘いでいるキラを見下ろした。
獣のように四肢をつき、床に顔を突っ伏して身体をふるわせている。
瘧(おこり)のようにふるえる五指の関節は白く、爪を立てた木床の表面には引っ掻き傷が幾つもある。
その傍らに蓋の部分を砕かれたガラス瓶が転がっていた。


宝石のようにカットされた華やかなエリザリオの香水瓶――――その瓶と破片を中心に無色透明な液体がひろがっている。
噎(むせ)びながらキラは微かな濡音をたて、床に指を這わせてガラス瓶を掴んで頭を巡らすと部屋の隅へと身体をいざらせていく。
重い肉を引き摺るように、のたりのたりと。
その様をシンは無言で眺める。
狂う香りに刺激され、涙腺から溢れる体液が、ひりつく眦を濡らしていく。

キラは緩々とガラス瓶を唇へと持ちあげる。
血の気が失せた唇の、その口角から唾液があふれ、細い頤(おとがい)をつたい糸をひいて胸もとへ垂れていく。
空嘔(からえずき)にのたうちながらも紫の溟い瞳は自らの手に固定され、陶酔の微笑みさえ浮かべている。
唇から舌を差し出してガラス瓶を振り仰ぐ。
残っている香水を口内へと流し込む。
あの女を想い出す香りを片っ端から呑み込もうと嚥下して――――躯が拒絶して、また、激しく嘔吐を繰り返す。
そして死んでしまった女を哭きながら呼びつづける。

襟首を掴んで引き摺ってくるとシンは腕を払ってキラの身体をバスルームへと放り投げた。
浴室の角にあったラックが倒れ、ボトルが幾つも散らばり転がっていく。
ボディソープを拾い取り、容器を潰すようにしながらキラへと振り撒いた。
キラが喉を反らして掠れた笑い声を吐き出す。
その引き攣った笑い声を聞きながらシンは空になったボトルを床に落として蹴り退け、カランを最大にひねる。
身を捩ってキラは途切れ途切れに嗤う。
勢いよく湯を噴出したシャワーを掴みとってタイルの上に転がるキラへと投げつけた。
そんな扱われをキラは少しも気にとめず、ただ嗤いつづける。
冷えた空間に湯気がたちこめ、たちまち視界は白く靄がかっていく。
喘鳴する女の香りと異臭に塗れた身体を抱き起こして浴槽に突きつけ、髪を鷲掴むと張ってある水の中へ叩きつけるように沈めた。



2009.1.4
シンとキラのバイオレンスな生活その2


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