シンは手を軽く握り拳にして眼前にあるクリアミラーの曇りを拭いとった。
低い漆喰の天井からぶら下がったライトが鏡に写っている。
ライトは微かに揺れていた。
狭い浴室の中で湯気によってぼやけた光がゆらゆらと踊る。


シンは鏡の中で揺れているライトから自分の手元へと視線を一気に下ろした。
蛇口から迸る冷たい水に浸けていたフェイスタオルを絞る。
指の節や手首から肘にまで出来た擦り傷が一瞬だけ疼く。
爪が剥がれて赤くなった指先からの血がタオルの布地に薄く滲む。
タオルをよく絞ると、そのまま右のこめかみにある裂傷へ冷やしたタオルを軽くあてた。
目の縁は泣き腫らしたため爛れたようにひどく赤い。

「ひっでーツラ………」

鏡の中の顔を見て呟くと、唇の左端がズキリと痛んだ。
下唇の左端に噛み傷ができ、周囲の皮膚は赤紫に変色してしまっている。
こめかみの――――殴打による裂傷の周囲にも似たような色彩が皮膚にひろがっていた。
ガウンを脱いで確かめてはいないが、おそらく身体中にもあるだろう。


シンは身を屈め、喉を鳴らして口の中にある熱の伴った痛みを吐き出した。
依然、蛇口から流れている水を掬いとり、口に含んですすぐ。
殴られて口内にできた粘膜の自らの噛み傷に水の冷たさが滲み込む。
幾つもの傷から生じた疼きにシンは喉を震わせた。
再び白くなっていく鏡に手のひらを叩きつけて曇りを拭い取る。

「なに、やってるんだろうな………オレ………オレらって」

咳き込みながら目を眇め、圧迫感が微かに残っている咽喉(いんこう)に手を這わせた。
首に毒蛇が絡みついたかのような蒼痕をなぞっていく。

「ねぇ、ステラ………?」

喉に手をあててシンは鏡の中にいる自分を眺めた。

「ステラ………ステラ、ステラ」

死んでしまった少女の名を囁く、祈りのように。

「いつまで………………どれだけ、繰り返せば………納得、できる? オレも――――あの男も」

水滴に濡れた壁へ背中を押し付けてシンは天井を仰いだ。
光から逃れた蟠りが漂う灰影を見つめる。

「ステラ、ステラ、ステラ………ステラ、ステラ」

死んでしまった少女の名を呟く、繰り返し繰り返し、繰り返し――――。
やがて、それは、呪っているような響きとなって聞こえ始める。

「許せないんだ、あの男を……」

不意に力が抜けて、自分の肩に凭れるように頬をつけてうつむく。

「ねぇ、フレイ――――あの男は今でも、あんたに縋りつきたくて、泣いているよ」

自嘲気味に笑みを浮かべる自分が靄に霞んだ鏡の中に在る。

「隠れて、無様に、あの男は縋って………オレも」

シンは目を逸らし、手のひらで強く目蓋を塞いだ。


“亡骸の幻影に縋りながら愛を告げる殺人鬼は宿命のように繰り返す、さらなる咎を”



2008.11.22
シンとキラのバイオレンスな生活…
襤褸→ぼろ 鉄腐→てつくたし


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