時々、君は、たくさんの涙をながす。
特別な理由もなく、ただ、純粋な哀しみの奔流に身をまかせて。
ストーム・ブルーのような瞳から涙を止め処もなくあふれさせ、声をとじこめて静かに泣いている。


その日は、野辺に建つ人気が久しく途絶えた古い鐘楼の、一番高い場所にある長窓に腰掛けて、涙に暮れる君を見つけた。

“そばにいてもいい?”

そう尋ねると、窓の外を見つめたまま、黙って小さく頷く。
僕は傍らにそっと立ち、そこから君と同じように夕映えにたゆたう藍の海を望んだ。
そして、二人して空と海の交わる遠くを見つめながら、涙がかわくのを待つ。


ずっと昔――――もっと子どもだったころ、涙の理由を何度も君に尋ねた。

“つらいことがあったの?”
“ううん”
“なぜ泣くの?”
“ただ、涙がでるの”

君は、ただ、ひっそりと微笑んで、ゆっくりと首をふるばかり。

“ただ、哀しいの。それだけ”

だから心配しないで、と君は僕の頬にキスをした。


僕にも、この世の誰にも、今の君の涙をとめることができる存在はいない。
生きていくなかで、小さな、とても小さな思いが少しずつ胸をひたして、時々、涙となってあふれだす。
それを、僕はどうすることもできないのだ。
僕をとりまくものたちが、どれほど賞賛しようが、僕はそれに溺れることができない。
君は僕を不完全にしていく。
自分が無力なのだと思い知る。
できることといったら、そばにいること、そして、抱きしめることだけ。

それだけでいいのよ、と君は囁く。

君がおしえてくれる心の不思議な世界。
宇宙(そら)のような果てなさが、小さな鼓動が響くあたたかい胸の奥にある。
それは僕の胸にもあるのだと、誰もが持っているのだと、君が言う。

“そばにいてもいい?”

そう尋ねると、君は黙ったまま、小さく頷いて微笑んだ。
涙をこぼしながら、それでも君は微笑む。



2009.9.26

◎title 影


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