哀 落



「では、どうあっても、これ以上、わたくしたちとは共にしないと?」

その問いかけが届いているのか、始めからどんな言葉も届いていなかったのか――――――――照明を僅かに落とした薄明りの中、過去に囚われたままの住人は椅子にすわって黙したまま、部屋の中央に立つ円柱を仰ぎ見つめている。
天井まで突き抜けたそれは内に瑠璃の水を湛えた大きな水槽だった。
したたるほど青い水の中を一匹の水魚がゆらいでいた。
張弓のような鮮やかな緋色の身をくねらせながら翼によく似た幾重もの長い尾ひれを優雅になびかせる。
まるで水中で燃え盛る炎とも、薔薇とも見えてくる不思議な魚だった。
人工的に造られた観賞用の生物だろう。
緋が横切るたび、椅子にすわって水槽の生物を見入っている住人の端正な横顔を――――生気を失くしつつある肌の上を青い水影が撫でていく。

「話を聞いているのか、キラ―――………」
「聞いて、いるよ。君たちこそ、僕の話、聞いていないんじゃないかな」

水槽の炎へと差しのべていた手を緩々(ゆるゆる)と肘掛にもどしながら病み疲れた声音(こわね)を響かせた。

「何度も、何度も、僕は言ってたでしょう。繰り返したでしょう?」

高い背もたれに身を深く預け、僅かに振り返って微笑みかけてくる。
酷く穏やかな微笑は、自らの置かれている立場など少しも嘆いていない。
能力を封じられ朽ち果てていくことも――――寧ろ、それこそが幸せだと語っている。

「ねぇ、君たちの要望に対して僕がなんて答えたか、覚えているの?」

もどかしい気持ちに突き動かされ、部屋へ更に踏み込もうとするアスランの腕に、白魚のような指が絡まる。
視線を下向けて隣に立つラクスを見返す。
首をふってアスランの言動を優しい無言で止めてくる。
ロータス・ピンクの長い髪が薄い肩から白く細い首あたりへ、胸元へと揺らぎこぼれ落ちていく。
愁う月光青の瞳を一旦、目蓋に閉じ込め、そして、ゆっくりと開いてキラの方へと思いを注ぐように見つめる。

「キラ、あなたはわたくしたちに、こう言いました。彼女を――――フレイさんを取り戻すことができたら、あなたは自分の持てる力の全てを、わたくしたちに捧げると」
「捧げるとも。僕の願いを叶えてくれたらね」

自嘲じみた笑い声を低く響かせると、ゆらりと椅子からキラが立ち上がった。
水の綾(水模様)から零れ落ちる溟い光が痩身の上で踊っている。

「どうするの?」
「死を、覆すことはできません」
「じゃあ、もう帰って」

ラクスの言葉にキラは眼差しを鋭くして言い放つ。

「彼女は死んだのです」
「僕の目の前でね」
「あなたは哀しみを熱愛しているだけです。彼女の死を受け入れてください」

キラは苦笑して首を傾げる。

「出来そうにもないよ、歌姫」

ため息をこぼすように呟く。
アスランは唇を噛み締め、脇に垂らしていた手を拳にする。

「戯言だ、キラ! いつまでだ。いったい、いつまで、こんなことを続けるつもりだ!」
「そうだよ。失ったのは僕だけじゃない。わかるよ、アスラン。君たちが、なにを言うか、言い続けるのか。僕がなにを………」

底光りする冷たい紫水の瞳をアスランは強く睨みつける。

「………これからも、なにを言い続けるのか。僕たちは、お互いに、心の底から、うんざりとしている」
「お前の言うとおりだ」

アスランは腕に置かれていたラクスの手を外すと、キラへと踏み込んでいく。

「――――もしも、お前の、その馬鹿げた願いが叶ったら」

視線をキラに突き刺したまま、ゆっくりと歩む。

「お前は満足して、すぐさま彼女を忘れるだろう」

嬉しそうな微笑みを浮かべるとキラはアスランの言葉を受け入れるかのように両腕をひろげる。

「どれだけお前が酷い人間か、知っている」
「ねぇ、フレイを僕にかえして。奪った奴らから取り戻してよ。そうしたら、僕は、君たちの言うことをきくから――――フレイが生き続けてくれたら、それだけでいい。僕は、フレイの前から消える。フレイの記憶も失くしてもいい。フレイが生きていたら、それだけで、僕は幸せだから」

笑い声をこぼしながら仰け反るキラにアスランは詰め寄って逃さないよう両腕を掴む。

「それでも俺は失いたくない――――キラ、お前を」



2009.7.26

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