血 汐



天蓋には煤けた雲が終わることなくひろがっていた。
海では鈍色のうねりが鳴響(どよ)んでいる。
そんな光景が幾日も続いていた。
空を覆うのは舞い上がった粉塵、唸るように海面へと湧きあがってきたのは深い底に横たわっていた澱み――――。
宇宙(そら)から落ちてきた強大な破片の衝突が惹き起こした眺めだった。

砂浜には大津波によって様々なものが打ち上げられていた。
倒壊した建物の瓦礫や木材、金属の破片、動物や植物、蟲の死骸――――海水に浸かっている漂着物からの異臭は日に日に強くなっていく。

キラは浜辺に独り座り込み、俯し目に重く垂れ込めて色失せた景色を見つめていた。
打ち寄せる波へと伸ばした足先で飛沫が跳ねる。
周囲には漂流物が横たわり、砂地を抉って部分を潜りこませていた。
宛ら石碑の亡骸のように。

両腕を泥灰の空へと掲げた。
飛沫が皮膚を濡らしていく。
ゆっくりと五指を曲げて、手のひらに爪をたてながら握り締める。
潮のぬるみに浸された身に不可視の絡まりを認めような気がして――――込み上げてくる嬉しさに目を細めた。
ひそやかに微笑みかけると、ぬかるみつつある砂の上に身を横たえる。
ぬるみに頬を埋めてキラは笑い声をこぼす。
生温かい潮と糜爛(びらん)のような甘い香りがする。
彼女の匂いだ。

「いと、赤い――――真っ赤な………」

唇についた砂を舌で舐めとる。
ざらりとした感触が口腔にひろがっていく。
舌先が疼きだす。

キラは身体を仰向かせると澱みの匂いに滲んだ皮膚にある赤い管を緩々とたどり、溟い空へと目を向ける。

「君が絡まって動けないよ、フレイ――――ねぇ、フレイ」



2009.5.18
指のさきに赤い糸、の続きのようです。
キラの皮膚の下にある血管がフレイの赤い糸とか。
血汐(ちしお)

title/硝子翅の爪弾き


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