“もう地上が見えないほど”



皆とティをしながら一頻(ひとしき)りの談笑をすますとフレイはキラの手をとって四阿(あずまや)から離れ、屋敷の庭園散策を開始した。
何十種類という咲き匂う花々が溢れんばかりの色々を誇っている。
錬鉄製の優雅な曲線を描くアーチを覆う白い蔓薔薇、
赤い煉瓦にはピンクの薔薇と甘く香るスイカズラの白い花、
敷石の間からは赤やピンクのゼラニウム、白と紫のカンパニュラ、ラベンダーの青紫、
周囲を占めているサントリナの銀葉は花々の色を落ち着かせて――――その向こうに咲き誇るのはシャクヤクの花、その色は朱、薄紅、純白。
りんごの木の下に咲く黄色の百合、
神殿にあるような白い円柱に被さって咲くのはクレマチスの大輪、
絢爛とした花々に囲まれた芝生をフレイは踊るように歩いていく。
緑の低木で囲いを抜けると、そこにあったのは白い薔薇の園だった。


「綺麗………この白、まるで真珠みたい」

フレイは少しだけ身を屈ませて薔薇を見つめる。
空の色と陽射しによって様様な色に変化する白薔薇の、その淡さ。

「とっても優しい色………」
「うん」

そっとキラがフレイの傍にきて、倣うように屈みこむ。

「彼女の花ね」
「そうだね……」

光をはなっている花びらに指先だけで触れる。
不意に視線を感じてフレイはキラの方へと目を向けた。

「なぁに?」

穏やかな、しかし、どこか意味ありげな眼差しをしている透きとおった紫の瞳を覗き込む。
キラは口の端にあえかな微笑をただよわせてフレイを見つめてくる。

「キーラ?」

フレイは身体を揺らしてキラに詰め寄った。

「なぁに? 言ってよ。どうして笑ってるの」
「なんでもないよ」

寄りかかるフレイの身体を軽々と受けとめながらキラは笑って言う。

「うそ。さぁ、言いなさい」

フレイはキラの腕や首筋に指先をすべらせてくすぐっていく。

「くすぐったいよ、フレイっ」
「だって、くすぐってるんだもん」

キラは身を僅かに捩りながらも楽しそうに笑ってフレイを抱きしめてくる。
その笑い声にフレイも可笑しくなってキラにしがみついて笑い出す。

「――――薔薇を見ると、いつも、フレイみたいだなって、思うんだ」
「あら。よく言われるわ」

フレイはキラを仰ぎ見て爪先立った。
するとキラは身を屈ませて、顔を覗き込んでくるフレイの額に自分の額をすり寄せて微笑みかける。
出会った頃は視線を簡単に重ねることができたのに――――キラは疾うのむかしにフレイの背を追い越してしまった。
フレイを抱きしめてくる力強い腕、まわした背中の広さ、
端正な顔だちには少年だった頃の淡い、淡い面影だけが少しだけ残っている。

「真紅の薔薇みたいって?」
「そうよ。みんな、そう言ってくれるわ」
「真紅もだけど――――」
「だけど?」

瞳を眇めて首を僅かに傾げるキラに倣ってフレイも同じように傾かせて囁くように聞き返す。
――――ただ、一心にフレイを見つめてくる透きとおった優しい紫の瞳だけは変わらない。

「どの色も、僕にとっては、全部がフレイなんだよ。真紅も、ピンクも、黄色や、オレンジも、ゴールドも、ホワイトも。薔薇のすべてが―――」

キラの唇がフレイの唇へと触れてくる。
白い羽が掠めたように柔らかく、甘いかたちをなぞるように。

「フレイだ」

フレイはキラの厚い胸もとに手のひらをあてて下向く。

「――――薔薇には棘があるのよ。キラの、ここを、いつだって傷つけるわ」

人差指の腹で心臓の位置を撫でる。

「かまわないよ、君なら」

キラの唇がフレイのうなじから首筋をまさぐっていく。

「香りはいいけど、時々、とても、きつくなるのよ」

甘い疼きをともなった熱にフレイは肌身をふるわせてキラの胸板に頬を埋める。

「眩暈がするぐらい」
「もう手遅れだよ。眩暈どころか…」

くぐもった低い声がフレイの肌をなぞりあげながら耳元で響く。

「フレイ。ずっと溺れちゃっているんだから、君に」

抱きしめてくるキラの首筋に腕をからめてフレイは微笑んだ。

「わたしだって。キラ、あなたに――――」



2009.2.24
歌姫の庭園にて。
柚希様へのささげもの。
loved one→最愛の人

title/Aコース


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