“神様、神様、どうか、あの男を――――どうか――――”

それは、キラに抱かれた夜から何度も何度もフレイが心の中で唱えている言葉だった。


フレイはベッドに深く腰掛けて、膝の上にあるファッション雑誌を見下ろしていた。
先日、物資の補給のためにレジスタンスやアークエンジェルのクルーたちとともに砂漠の街バナディーヤに行ったキラがフレイのために手に入れてきたものの一つだった。

おざなりにページをめくる。
掲載されているデザインはフレイ好みのものではなかった。
言語もフレイの知ったものではなく、なにが書かれているのかもわからない。
しかも数ヶ月前に発行された雑誌だった。
戦艦にはフレイが好む娯楽はない。
無いよりはマシという思いでフレイは渋々とおもしろくもないページに目を向けていた。

正面にあるもう一つのベッドに身体を横たえているキラの姿が掠める。

先ほど部屋に戻ってきたキラはフレイに謝りもせず、さっさと潜り込んでしまった。
使っていないベッドの方へ。

フレイは雑誌へとひたすらに視線を落とし、帰ってきたキラに言葉をかけなかった。


乱暴に扱われた屈辱と思い通りにならないキラに対しての怒りで眩暈がする。
懲罰を受けたサイの様子を伺っていたことを見咎められ、誤魔化すためにキスをしようとしてキラに突き飛ばされたのだ。

眠っているのか、起きたままなのか――――目を開けて壁を見つめているのか。
キラは背中を向けてしまっているのでわからない。

“いなくなれ”

フレイは唇を噛む。

“わたしを、こんなめに合わせる、キラなんか”

目を凝らしすぎたのか、視線の先にある読めない文字の輪郭が曖昧となって紙面から浮遊しだす。
紙面に突っ伏して叫び声をあげたくなる衝動を押さえ込もうとフレイは両手の指を握り締める。

“わたしを、こんな気持ちにさせるキラなんか”

手のひらに爪がめり込んでいく。
皮膚が薄紅に染まっていく。

“神様、どうか――――”

不意に、キラのいるベッドの方からシーツの擦れる音がした。
フレイは顔をさらにうつむかせて、紙面を睨みつける。
身を起こし、床へと降りるキラの両足が視界の上方で見えた。
気配が近づいてくる――――フレイへと。

握り締めた指先に籠もっていた熱が急速に冷えていく。
キラからの言葉が怖くなり、フレイは顔を上げることができなかった。

「………なぁに?」

フレイは紙面に視線を向けたまま、膝先に立つキラへと言葉を投げる。

「―――………だよ」

言葉を聞きとれなかったことよりも、あまりに掠れ潰れたキラの声に驚いて、フレイは思わず顔を上げた。

「………好き、だよ」

天上にのびたベッドの柱と素っ気無い天蓋の縁を掴み、首を垂れて見つめてくるキラを、その泣き腫らして赤くなった目をフレイは仰ぎ見る。

「フレイ、きみが、好きなんだ………僕は………」

溢れてくる涙をとめようとするかのようにキラが目を瞑った。
キラの頬に涙がしたたる。

「好きだよ。僕は………きみが………きみを」

ふりそそいでくるキラの言葉にフレイは唇を強く引き結ぶ。
戸惑いふるえる胸を殺すように。

“わたしは忘れてしまったわ。もう忘れてしまったの、愛するということを”

「…――――愛してるんだ、愛してる」



2007.12.31
優しい甘いフレイも好きですが、わがままフレイ、キラにひどいフレイもずっと好きなんです。
そしてキラはもっともっと強い男になってくんだと思います。

title/AnneDoll


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