“姫君の真心は溟く深い緑のなかへ”


薔薇が這う背の低い垣根に取り囲まれた小さな庭からナナリーは青い空を見上げていた。
青みがかった厚い雲の塊が中天を過ぎた太陽を隠し、隙間からこぼれた柔らかな陽光が地上へとそそがれる。
野花を微かに吹き鳴らす葉風が足もとを優しく撫でていく。
碧鳥のさえずりが空はるか遠くからきこえる。

空に向けていた視線を地上へと戻しながらナナリーは車椅子の背もたれへと身を預け、肘掛についていた腕を傍らのテーブルへのばす。
白いテーブルセッティングされたそこには数枚の書類と写真がのっている。
その中から一枚の写真を取り出すと、青風に攫われないよう残りに水晶の呼び鈴を重し代わりに置く。
首を傾け、庭の外にある樹木の壁と丈高い糸杉でできた迷路の暗い入り口を眺めやる。
宮殿の庭園、その奥深い場所で造られた迷路に隠された石造りの小屋と蔓薔薇に囲まれた小さな庭――――――――誰にも邪魔されたくない時に過ごすナナリーの特別な場所だった。

世界の支配者となり、自国ともに逆らう全ての勢力を、それに加担する民衆をも情け容赦なく排除・処刑をした悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの名は、現在も尚、その凄まじいまでの犠牲に世界から瞋恚(しんい)の目で追訴されている。

ナナリーは膝の上においた手の中にある写真を見つめた。

「やはり、最初にお話したとおりに―――」

両の手のひらには、今はもうどこにもいない少年と少女がいた――――――――ガーデニングをしているのだろうか、二人とも服や顔に泥をつけて――――――――向けられたカメラに気付くことなく微笑みあっている。
少年を見つめる少女の美しい瞳を、少女に向ける少年の優しい眼差しを、ナナリーは両手の中に、そっと閉じ込めた。
テーブルの反対側に佇んでいる黒ずくめの青年をゆっくりと振り仰ぐ。

「わたくしは、そうしようと、思います」

素性を覆っている仮面も今ばかりは外され、芳しい春風に青年は端正な貌を晒している。
クセのある亜麻色の前髪が風に揺れ動き、淡い陰が、象牙のようにすべらかな額を、強い光が宿る深緑の瞳を、彩る。

「お二人を――――――――兄と、シャーリーさんを知っていた身近な方たちを、とても、とても………傷つけて、しまうことは、わかって、い、ま」

ふるえはじめた声を抑えられず、ナナリーは口もとを手で隠して顔をうつむかせた。

「シャーリーさんが一番………きっと、一番、シャーリーさんを、傷つけてしまうことを。それでも、わたしは、兄の………兄の願いを、叶えたいのです。きっと、それは、兄の最後に願ったことだと………」

憂う声にナナリーは風に乱れて頬にまといついた髪を整えながら青年に微笑む。

「その願いが叶った時………ようやく、ようやく………」

気持ちを落ち着かせるためにナナリーはふるえながら吐息を緩々とこぼす。

「ようやく、兄は………シャーリーさんの、そばに――――きっと………きっと………そう、思えて」

青年は僅かに伏せていた瞼をひらき、深く愁いた眼差しをナナリーへと向けてくる。

「君も深く傷つくことになる。ナナリー………君もだよ」

静かに染み入るような声で青年は言う。

「いいえ………いいえ……………」

ナナリーは頭を振った。

「ダメですね、わたくし………本当に」

いつのまにか頬を濡らしていた涙に気付いてナナリーは手の甲で拭う。

「本当に、ダメな………もっと、強く」

うつむかせていた顔を上げて身動ぎする青年を強く見つめる。

「ダメです、スザクさん! そこから動いたりしないで…………我儘を………………ごめんなさい」

ゆっくりと首を振りながら青年――――スザクは寂しそうに微笑む。

「ルルーシュは、最後までシャーリーの死について、何も言わなかった。ただ、自分が手にかけたと、それだけを俺に言い続けて。どうやって調べたのか、ある時、その事件の関与を口にした報道の人がいたんだ。ルルーシュはひどく激昂して――――その人間を殺してしまった。自分がやってきたことは何も隠さず、はっきりと世界に示してきたルルーシュが、決して、言わなかったんだ………彼女のことだけは」


The Secret Garden

それから程なく、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの手によって殺害された人々のことをナナリーは世間に発表した。
その中にはエリア11イケブクロ駅構内の爆発事件現場で自殺した民間人の少女――――――――シャーリー・フェネットの死も偽装自殺であったことも入っていた。

end



2009.1.11
悪役を演じきったルルーシュがシャーリーの死を自殺のままにしておかないだろうとか、そんな妄想。


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