“――――また、夢――――見て――――いる――――”
見渡す限りの大地は、その荒身から火炎を噴き上げていた。
捻くれた枯れ木のような陰翳(いんえい)が灼熱に燃える輝きの中で踊っている。
火の粉風が乱舞しながら燻る天へと吸い込まれていく。
地につけた両膝の先にはミハエルの身体が横たわっている。
暗い大虚から閃光が迸り、ネーナの視界にミハエルの姿が鮮やかに浮かび上がった。
輝きが増し、左胸に穿たれた銃痕の影が一瞬だけ――――消失する。
また、大虚が輝きを放った。
天から白熱の轟きが鋭い矢となり地を貫く。
ネーナは上身を屈め、青い虚となった瞳孔を見つめた。
深青色の跳ねクセのある髪を梳きながら、ゆっくりとミハエルの目蓋まで指先をすべらせる。
手のひらを押しあてて――――そっと――――撫で下ろす。
光が激しく飛び交う天蓋を仰ぎ見ながらネーナは立ち上がった。
一瞬の輝きの中に二つの機影が映し出される。
宙空で静止したまま身動きしないスローネアインの背後でツヴァイがGNハンドガンを構えて銃弾を浴びせるように撃ちこんでいく。
容赦なく撃ち出される銃弾は、しかし、どれもまともには中らず、機体の輪郭を掠るだけだった。
最早戦意を喪失した者を嘲笑い弄んでいるのだ。
「ヨハンにぃ、早く――――………」
装甲を掠める銃撃の衝撃によって漆黒の機体は前方へと押し出されていく。
「ヨハンにぃ――――!!」
ネーナは大虚を振り仰いで声の限りに兄の名を叫んだ。
『生贄だとさぁ!!』
ミハエルの機体を盗んだ男の濁声がスピーカーからコクピット内へと響き渡る。
コクピットの中では警告の点滅光とシステム損傷によるスパークが飛び交っていた。
計器の針は振り切れ、数値の表示は点滅を繰り返す。
稲妻に似た光が噴出する間隔が狭まっていく。
機体が間もなく爆発するのは必至だった。
だが、ヨハンはレバーを握り締めたまま、視線を宙に据えて何ものをも見てはいない。
攻撃してくる存在も、搭乗している機体の状態を把握することも、自分の命の行く末さえも――――なにも見ようとはしない。
『わたしたちは』
“人間、の、言うこと、聞かないで!!”
ネーナは両手をのばし、ヨハンに抱きついて叫ぶ。
『マイスターになる、ために』
“ここへ、ネーナのところへ、かえってきてよ。ヨハンにぃ、ヨハンにぃ!”
バイザー越しにヨハンの瞳を覗き込むようにして仰ぐ。
“早くっ………逃げてっ!”
だが、ヨハンの瞳は眼前にいるネーナを見返すことなく、唯、見失ったものを探すかのように視線を僅かに彷徨わせるだけだった。
“早く脱出して! レバーを押して! 逃げてよぉ――――!!”
『生み出され………』
ネーナは身を捩って絶叫した。
“そんなの、バカだよ! そんなの、違うんだから………!! すべてじゃないんだよ、ねぇ、諦めないでよ!”
『そのために』
“逃げてよ、逃げて、逃げて逃げて、早く早く早くっ、逃げて、ヨハンにぃ!!”
コクピットを取り巻くフルモニターに罅割れがひろがっていく。
『生きて………』
“生きてよぉっ――――――――!!”
瞬間、大地を焼き尽くす炎よりも真っ赤な輝きが迸り、外世界の全てがなだれ込んでくる。
視界が、赤く、喰い潰されていく。
その容赦ない赤蝕から守るためにネーナはヨハンの身体を包むように抱きしめて――――――――慟哭した。
“眠りに落ちて見ている悪夢も、目覚めていながら見ている悪夢も、どちらもそれほど変わりがないのなら”
★2008.11.5
文字打っていましたらマザーグースの“Mother Goose“Down will come baby, cradle, and all.”を思い出しました。
title/模倣坂心中
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