ヨハンの部屋の前でネーナは立ち止まった。
いつもは直ぐにスライドするドアが、いつまで経っても動きをみせない。
電子ロックがかけられている。
ネーナはドアの横にあるセキュリティパネルに飛びつき、室内への通信ボタンを強く押す。

「もぉ、ヨハンにぃ! 開けてっ。いるんでしょっ!」

パネルを睨みつけて叫ぶ。

「ヨハンにぃ〜!」

“どうかしたのか、ネーナ”

数秒ののち、パネルからヨハンの声が響く。
微かな水音を纏わせて。

「そっか、シャワーしてるんだ?」
“あぁ”
「ドア、開けてよ」
“ネーナ―――……”

僅かに嗜めるような響きが声に滲む。

「今なの。今、話したいことがあるんだもん! だ・か・ら、開けてよ〜」

パネルの奥からため息をつくような気配がつたわってくると同時にロック解除のブザーが鳴った。
ドアが開くとネーナは室内に飛び込むように入り、バスルームのある方向へ爪先を向ける。

「ヨハンにぃ〜いっ」

ガラスドアを勢いよく引いてバスルームの中を覗き込む。

「ネーナ!」

袖に腕をとおし、バスローブを身に纏いながらヨハンが振り向いた。
ネーナの行動を軽く咎めるような瞳で睨んでくる。
慌ててはおったのだろう、濡れて深くなった黒髪から頬や頤(おとがい)、首筋や腕―――――――バスローブの裾からのびた褐色の肌から雫が滴り落ち、溜まった水に足元を浸している。

「えへへ〜残念!」

眉を顰めるヨハンへネーナは舌先を少しだけ下唇につけて笑う。

「すっごく濡れてるよ。はい、ターオルっ」

ラックからバスタオルを取り出してヨハンの前にひろげてみせる。
ヨハンは瞼を伏せて軽くため息をつくとネーナがひろげたタオルへとおもむろに手をのばす。
その指先からタオルを攫うようにしてネーナは胸もとに抱き込んだ。

「ネーナが、頭、ごしごし、してあげるね」

もう一度、胸の前でバスタオルをひろげて、ネーナは軽くジャンプをした。

「はい、しゃがんで〜、しゃがんで〜」

ヨハンは何も言わず、苦虫を噛み潰した表情をして身を屈めるとネーナを片腕に抱き上げてバスルームから出ていく。

「頭、ごしごし、ヨハンにぃの頭、ごしごし〜」

ネーナはヨハンにしがみついて、しとどに濡れた頭をタオルで覆って地肌や雫の滴る髪、首筋を丁寧に拭う。

「いったい何を話したいんだ」

ネーナを抱いたままヨハンはデスクチェアに腰掛けて言った。

「あのね、ネーナにキスして!」

ヨハンを見上げながら褐色の胸もとにタオルを差し入れて肌にある余分な水分を布地に染みこませる。

「いったい、何を………」

切れ長の目を僅かに瞠ってヨハンが見返してくる。

「恋人同士がするよーなキス、したい」

ネーナは首を傾げ、乱れた黒髪に指を通してタオルを当てる。
そして、ゆっくりと梳き整えていく。

「真似でいいの。ネーナと恋人ごっこしようよ、ヨハンにぃ」

身体を動かして弾力のあるしなやかな太腿の付け根まで腰を進め、ヨハンの身体と自身を密着させた。
ヨハンの肉体からたちのぼってくる体温はネーナをひどく安心させる。
顔を埋める胸もとや腰の下にある膝の感触、背中や腰にまわされる腕の動き――――ヨハンに身体を預けていると、眠るときですら血管に流れている滾るような疼きが遠のいていくのだ。
それは、どうやらミハエルにも同じことらしい。
ネーナとミハエルとでは逆の作用が起こる。

「まったく………おまえは、どこで、そんな言葉を覚えてくるんだ」

頭痛に悩むような表情をありありと浮かべてヨハンはネーナの頬を両の手のひらでつつみ、しなだれようとした身体を起こさせて僅かに引き離す。
ネーナは唇を尖らせながらヨハンを見つめる。

「なーいしょっ――――そんなことよりキス! してくんなきゃ、いいもんね。ミハにぃにしてもらうもん」
「ネーナ、ミハエルを煽るんじゃない」

心なしか焦燥感を滲ませて嗜めてくるヨハンの額にネーナは笑い声をこぼして口づけた。
水とシャンプーの香りが鼻腔を掠める。
それに混じって何よりも甘いヨハンの匂いが肉体の温みとともにネーナの肢体にひろがっていく。
背中にまわされていく腕の感触にうっとりとしながら、ヨハンの湿(しと)る胸もとに頬をすり寄せた。
そうして囲われた腕の中で振り仰ぐとヨハンの静かな眼差しがネーナにそそがれている。

「恋人としてキスして。愛して。ネーナを可愛がって、死んじゃうぐらい」

ウルシュピールは緋色に溶ける



2009.1.3
title 模倣坂心中


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