その歌を耳にしたのは、確かに実験室のベッドの上でだった。
キューブのような真っ白い部屋――――白い壁とタイル、天井全体から降り注ぐ照明の光、這うように響く電子音、鈍く輝く機材と細いチューブに取り囲まれたスチールベッドの上で。
身体中に刺し込まれたコードに吐き気がして、取り外そうとしても、麻酔をかけられて指先までも、目蓋さえ動かすことが出来なかった。
手足が何処にあるのかわからない。
まるで切断されてしまったかのように。
とても不思議だったのが、目蓋は閉じているのに周囲を見ることができたことだった。
それから音も。
遠くから近くから、波紋のように響いていた。
何人もの大人たちが順にベッドを覗き込み、周囲にある計器を確かめては、手元にある電子ノートにペンをはしらせる。
全員が同じ白い服を身に着け、同じような表情をし、ただ眼球だけが忙しく動き回っていた。
一定のリズムで細く響く電子音、それに混じって奇妙な歌が聞こえてきたのは――――聞いたのは、実験室のベッドの上でだった。
軽やかな歌声に、ネーナは耳をかたむけて言葉をたどる。
忘れてしまわないように胸に刻みつけた。
重苦しかった気持ちが少しずつ軽くなっていく。
言葉をたどって、何度も歌を繰り返す。
笑いながら歌いつづける――――。

“Humpty Dumpty sat on a wall,”
“Humpty Dumpty had a great fall.”
“All tha king's horses, And all tha king's men,”
“Couldn't put Humpty together again.”


コックピットから真っ赤に燃え上がる大地をのぞみ、ネーナはシートに背中を打ちつけながら笑い声をあげた。

「凄い、すごーい!! とってもキレイだよ」

スローネドライが放射する炎は周囲を焼き尽くしていく。
真っ赤な火は光を放ちながら何度も地を波状と駆け抜ける。
構造物の崩壊とともに火柱が天上に向って噴出していく。
灰黒の煙に覆われつつある夜空に飛び散る火の破片が星のように輝き舞う。

「凄くキレイだね、ヨハンにぃ、ミハにぃ」

炎の輝きに目を眇めながらネーナは呟いた。

「燃えちゃえばいいよ、みんな、みーんな! だって、知らないでしょ? 人間たちは、わたしたちが、どうして生まれたことなんて知ることもないんでしょ?」

大地にひろがっていく炎の中心に立ち、宙空から地上を攻撃している二つの機体を仰ぎ見る。

「誰も知らないの。わたしの名前も、大好きなヨハンにぃとミハにぃの名前も、世界の人間たちは、だーれも知らない」

スローネアインのGNランチャーからビームが放たれ、炎の中に潜む黒影をなぎ払い、スローネツヴァイが放出したGNファングが宙を飛び交い敵機を尽く撃ち落としていく。
炎によってスローネの装甲が一段と輝きを反射させている。

「わたしたちには何も持ってないの。降り立てる地上も、本当の名前も無いの。何者でもない、なにも、なにも、なにも――――」

ネーナは唇を引き結ぶとレバーを握る手に力を込めて赤く輝くモニターを睥睨した。

「許さない――――絶対、許すものか」

もがき苦しむように天上へと昇っていく火炎を掴み取ろうと機手をのばしていく。

“Humpty Dumpty sat on a wall, Humpty Dumpty had a great fall.”
“All tha king's horses, And all tha king's men,”
“Couldn't put Humpty together again.”

ネーナは笑みを浮かべて歌を口ずさむ。

“――――Couldn't put Humpty together again.”

“掴めるものなど何もない、そんなこと知っていた知っている”



2008.4.11
マザー・グース“Humpty Dumpty sat on a wall”引用


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