ヨハンはコントロールルームの中央に着き、取り巻くように設置されたモニターから間断なく表示されていく戦闘データーを眺めていた。
青い光が点滅し、分析と集約をかけられてデーターベースへと保存される。
両腕と延髄・こめかみに刺し込んだ有機体コードを通して流れ込んでくるデータをヨハンは生体演算して機体のシステムを更新していく。
眼前に表示されているセキュリティモニターがライトグリーンの光を放つ。
コントロールルームへの入室者を知らせる光を一瞥するとヨハンは再びモニターへと目を向けた。
程なく背後で扉がスライドする気配が起こり、室内の空気が僅かに動き出す。
ヨハンがすわっているイスの背もたれに手が掛けられ、モニターからこぼれる光が肩越しで揺れている長い髪の色を照らし出す。
静かに寄り添うような気配を背中で感じつつ、ヨハンは振り返ることもなく無言のままで作業を続行する。
甘い水の香りがほのかに漂う。
暫くの間、ヨハンの肩で赤い髪が揺れていたが、不意に視界の端から消えた。
すぐに、柔らかいものが膝の上にのってくる。
肌を擦り合わせる擽りと僅かに湿った髪、そして温かい息遣い――――ヨハンは肘掛に固定していた右手をのばし、膝に縋りつくように伏せられた小さな白い背中へと置く。
頭を撫でると微かな笑い声をこぼす。
眼前のメインモニターから溢れていた光が明滅し、取り巻くサブモニターがシャットダウンするとヨハンはイスの背もたれに身体を深々と預ける。
有機体コードが体の動きに倣い微かな音をたてた。
稼動音が低く緩やかになり、室内の照明が一段と暗くなる。

両目を閉じて緩々と息を吐く。

「お疲れ様、ヨハンにぃ」

膝の上から身を起こし、ヨハンの頬に手を添えて囁くような声で言う。
ヨハンは目蓋を開け、眼前で悪戯っぽく微笑んでいるネーナを見つめた。
白い簡素な寝着を通してネーナの体温が伝わってくる。
平素より体温が高くなっていた。

「ネーナ………」
「コード、取るね」

遮るようにネーナが言葉を被せる。
ヨハンは口を噤み、目を僅かに伏せた。

「あぁ……」

身体に残っていた力を抜きながらネーナの手元へと視線を落とす。
一瞬だけ右腕に痛みが生じた。
それから左腕に、頭部、首筋から背中に引き攣るような痛みがはしる。
体内にあった組織の一部分を抜き取られるような感覚にヨハンは溜息を吐く。
その痛みを湿った温みのある感触がなぞっていく。
慰撫するように。

「眠れないのか?」

首筋に唇を寄せていたネーナを抱き起こし、頬を両手で包んで真向かせた。
大きな瞳を幾度か瞬かせると首を少しだけ傾げて笑む。
何も答えないままネーナはヨハンと同じように両の頬に手のひらを添える。

「――――どうした?」
「あのねぇ、ヨハンにぃ。みーんな終わって、人間が平和になったら、わたしたち、どうするの?」

ヨハンはネーナの瞳を見返す。

「ネーナは、どうしたい?」

尋ねるとネーナは嬉しそうに笑った。

「えっとね、ヨハンにぃとミハにぃとわたしで、ソラに、旅に出たいのっ」
「宇宙へ旅に?」

ネーナは何度も頷いて笑い声をあげる。

「ずっとずぅっと遠くまでいってね、それで、わたしたちだけの星を見つけるの!」
「良い考えだ」
「ほんとっ?」
「あぁ。とても――」
「ミハにぃも最高だって!」

ヨハンはネーナに微笑むと背中へと腕をまわして抱き寄せる。

「わたしたちだけの青い星を探すの!」
しがみつくようにヨハンの背中に細い腕をまわしてネーナが言った。

ヨハンの胸に顔を押し当てて頭をふる。

「探しに行こう。お前とミハエルとわたしで星を探そう。どこまでも」

ネーナの小さな頭を撫でながらヨハンは囁く。

「どこへでも行ける――――」

“どこまでも、どこへでも、見つからなくてもいい。それでも探しにいこう、三人でどこまでも”


2008.5.1

title 疾走宣言


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