“万華鏡地獄”


部屋の光源は骸が腰掛けている椅子の――――その傍らにあるテーブル上のランプだけだった。
僅かな空間ほどで蟠っている光は香色のシェードをとおして色褪せてしまっている。
微かな光輪が暗闇を部屋の隅へと後退させ、酸素テントに覆われた簡素なスチールベッドを仄かに浮かび上がらせていた。
テントの周囲には延命機械やモニタリング装置が幾つも設置され、床上にはケーブルが黒々ととぐろまき、放り出すように延ばした骸の爪先にまで及んでいる。
かすかな電子音にあわせてスコープに表示された波形が上下に動き、数値が刻まれていく。

骸は息をのむと片腕を腹部にまわしながら椅子の背もたれに預けていた上身をゆっくりと起した。
肩にかけてあっただけのシャツが腕をつたって床へと滑り落ちていく。
胸元から脇腹にかけて常にあった激痛がさらに増す。
焦熱で溶けた鉄がはらわたを緩慢に焼き裂いていくようなそれが脳内を侵食し、眼裏までも白く灼きつくした。
喘ぎを抑えながら目蓋をあける。
骸の足許にまで広がったケーブルはベッドの周囲を黒々ととぐろまき、装置へと取り付けられ、或いは酸素テントの裾に潜り込み、横たわる少女へと繋がっていた。

脇腹にあてていた指先の感覚が徐々にもどってくる。
顔を上げ、痛みにくらむ眼をベッドの方へと向けた。
酸素テントの中で眠る棒切れのようにやせ衰えた小さな少女へと視線を注ぐ。
身体に巻かれた包帯の感触と粘つくぬるみが手のひらからつたわってくる。

扉が開閉する微かな音がした。
外部から漏れた光が一瞬だけ室内を照らしたが、ふたたび仄暗さに沈み込む。
入ってきた男は入口近くで暫くの間佇んだ後、部屋の片隅でイスに腰掛けている骸のもとへと歩いてくる。
病室の住人を気遣い、足音をたてずに――――だが、足取りにはしなやかな獣の獰猛さが滲んでいた。
そして憤りも――――。

「………自分の病室へ戻れ」

静かに降ってきた言葉には、普段とは違う威圧的な響きがこめられていた。

「心配無用ですよ」

骸は傍らを一瞥し、男の右手に嵌められた大空のリングを認めると声もなく笑った。

「彼女に“死”はありません。どのようなことになろうとも蘇ってきます。僕が生きている限り」

おもむろにベッドで眠る少女へと顔を向けると骸は眼を眇めた。

「僕に酷いことはしないでくださいね。クロームの生死に関わりますから」
「お前は……」
「………けれど、僕は、クロームが傷ついても傷つかない」

骸は僅かに頤を上げて笑む。

「死んでしまっても――――僕は、死ぬこともない。都合の良いことですね」

傍らで怒気が膨れ上がり、瞬時に消滅した。

「そんな形(ナリ)でよく言う。自分の病室からここまで――――。傷口が開いてるじゃないか」

男は嘆息の響きを零す。

「オレが、お前を殴るまでもないだろう。こんな無茶をしていれば、何れは…」
「――――――――とてもね、下らないことを、考えてしまう時があるんですよ」

骸は口端に指先をあてて流れ落ちてくる血を拭った。
身体中を裂くような痛みに対して狂おしいまでの笑いだけが込み上げてくる。

「あなたは信じますか? 僕が――――逆に、なりたかったと言ったら………」


境ロマンス


僕たちの繋がりが逆となって――――クロームの命に、僕の生死がかかっている――――。
仕方がなくも、僕はクロームを守らなければいけません。
僕は、僕の命を守るために、全てをかけてクロームを守るのです。
眼球を抉られても、鼻を、耳を削がれ、舌を切り取られ皮膚を剥かれても。
腕を切断されようとも、足を切断されようとも、頭を切断されようとも。
皮膚を食い破って内臓を露出させられ、地で蠢く、醜悪な、肉塊と、成り果てても――――。


end



2007.11.8
十年後ぐらいの話。


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