“あ―――――――……てる?”

そう問いかると六道骸は端麗な貌に微笑を浮かべ、青白い目蓋を静かに伏せた。
“それは、どうでしょうね”と言いながら――――。



真鍮のスタンドに火かき棒を立てかけると背後にある安楽椅子へと腰を下ろした。
背凭(せもた)れに身体を預けながら暖炉の中で赫々と燃え盛る炎を眺めやる。
暖炉の中の薪が爆ぜ、崩れ音が炎の中で微かに響く。

炎から視線を外し、二人がいるソファへと向けた。
ダマスク布掛けのソファに骸は深々と身体を沈め、膝の上にある凪の小さな頭に手のひらをのせている。
細く長い五指が少女の髪を梳き撫でていく。
その優しい動きは秘められた子守唄を奏でているようだった。
凪の身体に掛けられた毛皮の純白が暖炉からの光を受けて真赤に輝く。
骸は微笑を口許に湛えながら、まるで魂を手離したかのように眠る凪を見つめ続ける。
二人の背後を飾るのは石壁一面を覆う奥深い森の闇が織り込まれたタペストリーだった。
天井高い石造りの室内を覆う陰影と炎の揺らめきが壁に描かれた緑陰の中でかそけき舞踏をし、互いに寄り添う二人の輪郭をも一瞬の内に際立たせては霞ませていく。

「………………それについて、ある男と少しだけ言葉を交わしたことがあります」と、随分と過ぎた頃になって骸が呟くように口を開いた。
「遠い昔、戯れ程度に、ね」

その言葉に凭れていた安楽椅子から身を起こして骸へと視線を注ぐ。

「へぇ? どんな話をしたの?」

骸は膝を枕にして横たわった凪のすべらかな額にこぼれる前髪を愛おしそうにかきあげる。
そのまま手のひらを凪の深く閉じられた目蓋まで下げていく。

「――――どのようなことがあっても、彼らは人を“愛する”ことができるのですよ、10代目」

骸は伏せていた目蓋を上げると、切れ長の目を僅かに細めて暗い中空を見据える。

「裏切り者だろうと、他者を踏み潰していくような者であっても」

低く艶やかな声に笑いを滲ませて囁く。

「人殺しであろうとも、狂っていようとも――――人々からバケモノと呼ばれるような存在だとしても――――“愛する”ことができるのですよ」

骸は白い喉を僅かに仰け反らせて無音の笑い声をこぼした。

「それを、彼らは信じてなどいないのにも関わらず。――――まるで悪夢のようでしょう、そんな光景は?」

甘く心騒がせる響きにのせて言葉を紡いでいく。

「でも、安心なさい。あなた方のようにはなりません。決して」

積み上げられている薪が一際大きな音をたてて爆ぜた。
崩れながら散っていく火の粉を目の端で捉えつつ、誘惑するように妖しい微笑を刻んだ骸の貌を見つめる。

「愛することができても、それは初めから壊れているのですから………。どれもこれも、取り返しがつかないほど」
「………ふぅん」

両膝に肘をつけて頬杖しながら骸へ「壊れててもいいじゃない」と言い放った。

「愛しているのなら、ちゃんと凪に言ったほうがいいよ。“愛している”って」

僅かに骸は苦笑した。

「――――さて、どうしましょうか?」

そう答えつつも夕月を象ったような優美な唇は淡く青ざめ、微かにふるえてさえいた。

「もし告白しないのなら、それが、おまえの“愛する”ってことだね」

笑いかけると骸は不機嫌な表情をし、半ば目蓋をふせて眠っている凪の小さな手を握る。

「それは、壊れていないって、ことだよ」

“でも、おまえは、それが怖いんだね。それこそが、まるで、悪夢のようだから”


end



2007.11.27
“ある殺人鬼の告白”“残酷カウアディス”
ツナ+骸→凪を書くの好きだ。


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