「あ、あの、骸、様………」
クロームは座ったままソファの端へと少しずついざっていく。
「どうしました、クローム?」
端正な貌に甘い微笑を浮かべる敬愛してやまない主がクロームの横に改めて腰掛けてくる。
「……………あの」
ソファの肘掛けと膝にぴったりとくっついた骸の長い足に阻まれて、それ以上いざることも、立ち上がることも出来なくなった。
「――――クローム」
「………は、はい」
ソファの一郭に追いつめられたクロームはスカートの裾をぎゅっと握り締めて身体を竦め、にっこりと穏やかそうに笑っている骸を伺う。
「――――少し考えてみたのですが、旅行に行きましょう」
「…………えっ」
「毎日のこの暑さと任務疲れに、もうすぐ僕は倒れそうです」
描いたように美しい柳眉の先を僅かに下げてクロームへと顔を近づけてくる。
「………た、大変、です。お休みしな、くて、は………わ、わたし、あの、て、手伝います、もっと………た、くさ、ん」
息が触れ合うほど迫られて気付く――――骸が纏うオリエンタル・アンバーの甘い香りがクロームの顔を包み込む。
頬が熱くなった。
耳朶から首筋へとひろがっていく。
「ダメですよ。お前まで倒れてしまいます、だから、ねぇ、クローム?」
クロームの熱い耳朶に唇を寄せて囁いてくる。
「………ひゃっ」
「――――!」
いきなり骸が上身を起こしてクロームから少しだけ離れた。
「………?」
クロームも骸に倣おうと身を捩ると間髪いれず室内にノイズ音が響き渡った。
『あぁ――――あぁ――――テステス、マイクのテスト中』
骸とクロームしかいなかった部屋の中央に拡声器を持ったフランがいつの間にか佇んでいる。
「おチビ!?」
骸は動揺したような表情を一瞬だけ浮かべて苦い声をこぼす。
凝っとクロームが見つめるとフランは珍しく笑みを滲ませ、片手を前後に振ってきた。
「フラン………」
クロームは骸に申し訳ないと思いつつもホっと安堵して、そのままストンっとソファへ腰を落とした。
『犬にーさーん、M.Mねーさーん、千種にーさん! 嬉し楽し情報ゲッ――――ト!! 師匠が避暑旅行に連れていってくれま――――す! やったーやったーやりましたね――――!』
「なにを――――!」
骸の珍しい焦った表情をクロームは見上げる。
やはり申し訳ないと思いつつも、なんだかそんな骸に微笑ましさを感じてしまって、また肩を竦めた。
ドアの向こう――――廊下の方から幾つもの足音が聞こえ始める。
床を大きく鳴らして近づいてきた。
end
★2011.6.30
企画・捧げもの。
◎title ララドール
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