午前の執務がひと段落した頃にドアをノックする音が響いた。
時計を確認する。
今朝、相談したいことがあるとクレドの執務予定を尋ねてきたネロに伝えた時刻だった。
ネロが時間を守るとは珍しいこともあるものだと不思議に思う。
ドアが開くと、やはりそこにはネロが立っていた。
椅子に座るよう促すと、すぐに済むからと言う。
かまわず、もう一度促すとネロは躊躇いつつ椅子へと腰掛ける。
クレドも席に着き、眼前にいる長身雄健な青年を見た。
騎士見習いとして騎士団に入った頃は、まだ小さな少年だった。
気性は苛烈だったが、妹・キリエより少し背が低く、体格も同じ年頃の少年たちより頼りなかった。
そんなネロも月日が経つにつれ幼かった頃の印象を払拭させ、見違えるほどに成長した。
ネロは騎士団の長い歴史の中でも、戦闘において稀にみる実力を持っている。
他者を容易に近づけない厭人的なところが強く、その苛烈さ故に自身も周囲から好んで孤立してしまい、なにかと問題はあったが騎士団の誰よりも剣の修練に励んでいたことは知っている。
人並みはずれた実力を持ちながらも、常に鍛錬を怠ることなく、時間外も特別な事情を除いて修練に宛てていた。
もう間もなくネロは従騎士期間を終えて教団騎士の叙任を受ける。
尋ねたいことは諸々あったが―――――――クレドは改めてネロへと目を向けた。

「相談したいことはなんだ?」

用件を尋ねるとネロは僅かに逡巡するような表情を一瞬だけ見せ、それから意を決したように強い眼差しをして口を開く。

「叙任式を終えても、しばらくは寮にいようと思ってる」

クレドはネロの青い眼を見つめる。

「準備が整ったら寮も出て一人暮らしを始める。………家には、帰らない」

ネロはうつむいて、少し擦れた声で言った。

「―――――――そうか」

キリエが悲しむな、と思いながら立ち上がり、窓の外を眺めた。
ネロが騎士となって、再び、家族で暮らした思い出のある家へ帰ってくるのを指折り数えていた。
ネロも同じだった―――――――去年まで、そのように言っていたのを覚えている。

昔、ネロとキリエが約束を交わしていた光景を思い返す。
二人とも泣きじゃくりながら抱き合い、必ずまた一緒にと何度も口にしていた。
だが、仕方のないことだろう。
人は成長する。身体だけでなく心も。

視線をネロへと転じる。
明らかに落ち込んでいる様子が見て取れた。
ネロが家を出たいというのは本心ではないのだろう。

「キリエには伝えたのか?」
「まだ、言ってないんだ……」
「早く言ってやれ。一人暮らしをする家も探しているのだろう? お前からじゃなく、他の人間の口から知ったら…悲しむ」

ネロは自身の顔を両手で覆い、身体の緊張をほぐすように小さなため息をつく。

「そうだな。クレドの言うとおりだ」

そんなことになったら、もっと傷つけてしまう、と―――――――やるせない表情を浮かべて呟くように言う。
おそらくは何度もキリエに言おうとしたのだろう。
だが、会ってキリエの嬉しそうな顔を見るたび、伝えることを断念してしまう―――――――その繰り返しだったのだろう。
若さゆえもあるだろうが、どんな悪魔にも、どの地位にいる人間にも一歩たりとも怯まず向かっていく。
それが、こと妹のキリエに対しては呆れ果てるほど弱い。
だが、そのキリエを振り切って一人で立とうとしている。
応援しないわけにはいかない。

「お前が伝えたら、私からもキリエに話してみよう」
「クレドにそうしてもらえると心強いよ。ありがとう。話せてよかった」
「それでは、これからすぐにキリエのところへ行って伝えろ」
「―――――――そうする」

少し寂しそうな声で言う。
もう一度、礼の言葉を口にするとネロは執務室を退室していった。

「寂しくなるな」

執務室に残されたクレドはそう独りごちた。


end


2014.11.6


シリアス・バージョンです。
at 11/19 20:30
●title 休憩

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