そぼ降る雨の中でネロは小さなキリエの後姿を見つめていた。
両親の埋葬を終えて皆が帰った後も、ずっと墓標の前に立ち尽くしたまま動かない。
両親の死を知った時も、埋葬時にもキリエは泣き喚くこともなく、ただ静かに目の前で展開していく光景を見守るように佇んでいた。
キリエのそばへ行きたかった。
けれど、自分のような人間が大きな悲しみに打ちひしがれているキリエに寄り添っていいのか、言葉をかけていいのだろうか、猶予して動けないままでいる。
「―――――――ネロ」
ネロは傍らにキリエと同じように動かないままでいるクレドを見上げた。
「キリエのそばについてやってくれ」
なにかを堪えるように、一層厳しい表情をしたクレドがキリエを見つめながら言う。
「俺より、クレドがキリエのそばにいたほうが……」
「私は、これからやることがある」
踵をかえしてクレドがこの場所から立ち去ろうとする。
「でも、クレド、待ってよ。……どうして」
ネロの手を静かに振り払ってクレドは墓地の出入口へと向かう。
遠ざかっていく大きな背中が滲んでいく。
「キリエの、そばにいてあげてよ! 行かないでよ、クレド!」
ネロは手の甲で溢れてくる涙を拭って叫んだ。
クレドが重大な決意をしたのが、この時にはまだわからなかった。





もうすぐ家に着くという所で、あやしかった空模様がとうとう泣き出してしまった。
翳した腕を覆う黒い袖に散らばる雫が滑り落ちて頬を濡らす。
ネロは着ていた上着を脱ぐとキリエの頭から背中を覆うように掛けた。
少しでも雨から庇えるように細い身体を抱き寄せながら家路を急いで歩く。
門扉をくぐって玄関にたどり着くとネロの濡れた身を気遣うキリエの背中を軽く押して家へと入らせた。

湿った黒いスーツの上着を持ち上げるとキリエが両手を差し出すので、その手にそれを渡して、代わりにタオルを受け取る。

「シャワー、浴びてくる?」
「どうしようか…」

タオルでおざなりに髪を拭いているとキリエが「しっかりと拭かなきゃだめ」とネロからタオルを奪って丁寧に取り除いていく。
ネロはキリエの髪を覆っている黒いベールに、それから柔いキリエの頬に触れてみた。

「ありがとう」

ネロの手に自分の手を重ねながらキリエが微笑む。ひっそりした憂いを滲ませて。
今日は教団本部跡に建てた簡素な墓地にフォルトゥナの事件で亡くなった人々を街の皆で埋葬した。
かならず街を復興させて―――――――その時には、しっかりとした墓標を作ろうと誓って。
その後、別の墓地へ赴き、キリエたちの両親が眠る墓標の隣にもう一つの棺を埋葬した。
その棺に遺体は横たわっていない。
空っぽの棺だ。
息を引き取って間もなく泡のように消えてしまったと、クレドの最後を見取ったあの男からおしえてもらった。

「ひと休みしましょう」

ベールを取りながらキリエが言った。

「そうだな。着替えてくるよ」
「―――――――クリーニングに出す前にお手入れしたいから、持ってきて降りてきてね」
「わかった。ハンガーにかけて持ってくる」

ネロは二階に上がって自室の戻ると手早く着替えた。
キリエに言ったとおりに喪服をハンガーにかけてネロなりに整えるとリビングへと向かう。
錬鉄のハンガーラックに服を掛けていると普段着に着替えたキリエもリビングへ入ってきた。

「少し待っててね。すぐに、お茶、入れるから」
「手伝うよ」

キッチンに立とうとしていたキリエが振り返って、なにか戸惑うように両手を握り締めたり開いたりを繰り返す。

「どうかしたのか?」
「ねぇ、ひと休みしたら、少しだけ、孤児院の様子をみてこようかなって…」

今、孤児院にはフォルトゥナの件で両親を亡くしてしまった子供たちがいる。
それをキリエはしきりに気に掛けていた。

「今日はダメだ。シェスタから必ず休めって言われてるだろう?」

溜め息をついてしまいそうになるのを、どうにか抑えてネロはキリエを軽く睨む。
キリエを孤児院に来させないよう、ネロはシェスタから厳重に言い渡されていた。

「でも……」
「今日だけは家の外に出るのは禁止だ」

少し強く言い過ぎたかもしれないと心配になったネロは困ったような笑みをするキリエの髪を撫でる。
出来ることなら、キリエがしたいことをさせたかった。
なんでも、どんなことでも、キリエの思うままに。
少しでも、ひと時でも、辛いことを忘れることができるなら。
けれど―――――――。

「わかったわ。ネロの言うとおりにする」

小さく頷いてくれたキリエにネロは一先ず胸を撫でおろす。

「ネロ、少し、お腹になにか入れる? あまり食べてないでしょう?」
「キリエも食べるなら」

そう答えるとキリエがきょとんとしてネロを見返してくる。

「キリエも食べてないだろ?」

ネロはキリエの肩を抱き寄せてキッチンへと立つ。

「…そう、ね、うん。私も、少し食べようかな」
「俺が作るよ。簡単なものだけど、腹になにか入れなきゃ」
「ネロが?」

キリエがネロを見上げて笑うので、少し気恥ずかしくなり鼻を掻く。

「キリエみたいにうまくできなけど」
「ふふ。ネロの手作り、嬉しいな」
「言っとくけど、うまくないからな」

おかしそうに笑むキリエの頭を軽く小突くと、ますます肩をふるわせて笑った。


end


2014.11.5


続きがあります。近日中にアップ予定です。
シェスタは小説版DMC4に登場する孤児院の院長(おばあさん)さんです。
at 11/6 13:0
●title 休憩

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