キリエとクレドの両親―――――――今日からはネロの親となった二人が部屋を静かに出ていくと、しばらくベッドで大人しく眠ろうとしたが、どうしても目蓋が重くならず、何度も寝返りを打った挙句、あたたかな掛け布団を捲って起き上がった。
寝室の中央まで歩くと、またベッドの側まで駆け寄り、床に置かれていたスリッパを履いた。
少し息を吐くと改めて部屋の様子をぐるりと見渡してみる。
終夜灯と暖炉のいきおいがなくなりつつある炎が室内を優しく照らしていた。
窓には紺青の厚いカーテンが引かれ、窓のない壁の方には日差しあふれる森の景色や動物たちが織り込まれた大きな飾り布が掛けられていた。
寝室や隣にある続き部屋に置かれた家具は、どれも見たことのないものばかりで、どういったものなのか知りたかったが触れることに躊躇いを覚える。
皆にも、この家に仕えている者たちにも、ここがネロの部屋だと言われたが―――――――どうしていいのかわからない。
どう思っているのかも自分の気持ちもわからない。
ここに引き取られることとなって、両親とクレド、キリエという兄姉ができた。
ネロは額に手を当ててみる。
寝かしつけられた時にキリエの母親が微笑みながらキスをしてくれた額に。

もう一度、室内を眺めてみる。
広い部屋に一人っきりだ。
孤児院にいた時は絶えず人や人の気配がつきまとって落ち着かなかったのに、いざ一人になってみたら、それはそれで妙にそわついてしまう。
ぼんやりと立ち尽くしていると小さなノックの音がした。
寝室のドアが微かな蝶番の軋みを上げて開く。
隙間から蜜色の光を纏わせたランタンが現れ、それからキリエがぴょこんと顔を出す。
ネロが部屋の真ん中で立ち尽くしているのを認めると安堵したような表情をして、それからにっこりと笑う。
つられてネロも小さく笑った。
もう片方のキリエの手には手提げの布袋がある。
薔薇の模様が縫い取られた手作りの袋だった。
そこに入っているのは絵本だろう。
夕食の時に約束をしていた事があったのを思いかえす。
まさか、本当に来てくれるとは―――――――いや、キリエはそういった小さな約束も破ったりしない少女ということはわかっていたが、それでもびっくりしてしまう。
このことは内緒のことなので、もし見つかってキリエまで怒られるたら、どうしようと心配になる。
でも、頓着なく笑うキリエを見ていると、何も言えなくなる。
ネロは手を伸ばしてキリエの持っている重たそうな手提げ袋を持つ。

「眠くない?」

手提げ袋を渡しながらキリエが問う。

「…まだ、眠くないけど、眠らないと。キリエは眠くないの?」
「眠くないの」

微笑むと袋から何冊もの絵本を取り出す。

「ネロが眠たくなるまで、御本読んであげるね」

ベッドの上に並べられた絵本の中から一冊を選ぶとキリエが「この本ね、とてもおもしろいのよ」と嬉しそうに笑うのを見てネロも笑い返した。
ネロの背中を押してベッドに上がらせるとキリエも踏み台に乗ってよじ登る。
ヘッドボードの下に敷き詰めた枕やシーツを小さな手で整えながら、明日のことや今週末にすることをネロに話す。

「ネロは、どんなことがしたいの? どんな遊びが好き? 興味があるものはどんなこと?」

顔を覗き込むようにして聞いてくるキリエにネロはどう返していいかわからず見返すことしかできない。
頭の中をどんなに探っても、これといったものが何も思い浮かばない。

「ネロの好きなものはなあに?」

その言葉から不意に浮かんだイメージにネロはキリエを見つめて―――――――慌ててうつむく。

「じゃあね、ネロの大好きなもの、一緒に見つけましょう? きっとたくさんあるよ。いっぱい、いっぱいあるよ」

キリエがネロの頬を手のひらで包んで額と額をこつんと合わせてくる。
嬉しさとくすぐったさに咄嗟に言葉が出てこなかったが、頷いて応えた。

「はい、それじゃあね…」

ネロの腕を引っ張って寝るようにと促す。
言うまま横たわるとネロの肩まで掛け布団を引き寄せて隙間ができないよう、もう一度、丁寧に整える。
次にネロの頭を抱えて髪を撫でてくる。
突然、キリエの胸もとに顔をくっ付ける状況にネロは硬直した。
温かさと良い香りが、淡褐色のすべらか肌をくすぐってくる。
キリエの胸もとに顔を埋めながら、なにをしているのかと尋ねてみる。

「寝癖がつかないようにしてるのよ。動いちゃダメよ」

そう言われてみれば、キリエの母親もさきほどネロを寝かしつける時に髪を整えてくれていたことを思い出す。
準備ができるとキリエは傍らにすわって膝の上に絵本を置くと、少し傾かせて横たわっているネロにも絵本の中がよく見えるようにしてくれる。
大きく息を吸うと、ゆっくりと絵本を読み始めた。
透きとおった穏やかな響きが物語を綴っていく。
ネロは絵本に眼を向けていたが、いつの間にかキリエの優しい横顔と物語を読み上げる心地よい響きに心を傾けていた。
ベッドの中は温かさに満たされ、ほどなく目蓋が重くなってくる。
つい先ほどまで眠気なんて全く覚えなかったのに―――――――眠ってしまったら勿体無いとネロは何度も眼を瞬かせたが、すぐに目蓋が下りてきてしまう。

どれぐらい経ったのか、ネロは眼を覚ます。見慣れない天井をじっと凝視する。
暖炉の火はすっかり消えて、終夜灯は変わらず室内をほのかに照らし、静寂が取り巻いている。
カーテンで覆われた窓からは夜が明けた気配は感じられない。
鼻先まで布団の中に潜り込みながら、ここがどこなのかを思い出すとネロは慌てて傍らを見上げた。

「……キリエ?」

ネロの隣で身体を小さく丸めたキリエが寝入ってしまっていた。
胸もとには絵本を抱え込んでいる。
起き上がり、手を伸ばしてキリエを驚かせないよう小さく揺さぶったが、眼を覚ます気配がない。
とりあえず、なんとか下敷きになっている掛け布団を引っ張りキリエの身体を包むようにのせてみる。
もう一度、呼びかけながら揺さぶってみたがキリエは気持ちよさそうに眠っている。
しばらく考えてみたものの、また眠気が迫ってきてネロは再びベッドに潜り込む。
横たわるとぐっすりと眠っているキリエの方へと身体の向きを変えてみる。

“起きるまで待っていよう”

ネロはキリエの安らかな寝顔を見つめながら自分にそう何度も言い聞かせた。


end


2014.10.21


DMC4の小説を読んでて、ゲームの時よりも詳しくネロとクレドら家族たちの話があったので、妄想してみました。
“幼い頃から”“家族同然に育った”とかネロの“自分なんかが”好きだと認めることの躊躇いだとか。
それを考えていたら、一度、ネロはクレドとキリエの両親の養子になって引き取られて家族になったけど、1〜2年で両親があの事件で亡くなり、それからすぐに騎士団に騎士見習いになって教団に入ったのかなぁと。
クレドを兄に、キリエを姉に、自分は弟なんだと立場を決めてた時があったんじゃないかなーとか。
幼いながら、ほのかにあったキリエへの思慕に当惑しつつ…
at 10/21 23:58
●title 休憩

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