表むきの便利屋稼業も裏事情の騒動もなく、その日は事務所のデスクに両足を乗っけて、溜めていた音楽雑誌をのんびりと読みふけって過ごしていた。
お気に入りのバンドのライブツアーのレポートを読みながら昼食後に淹れてもらったコーヒーカップを傾けて、もう中身がないことに気がつく。
ネロは机から足を下ろしてデスクチェアから立ち上がり、カップをキッチンへと戻しに行こうとして―――――――ふと、ある事を思い出してデスクにすわった。
上身を屈ませ、真ん中の抽き出し(ひきだし)を開けると奥へと手を突っ込ませて、思い出した物を引きずり出す。

“まだ見つかってなかったのか”

濃い褐色の液体が並々と入った角瓶を掴み、掲げて窓から射し込む日差しに透かしたり、揺らしたりしてみる。
瓶の正面には黒地ラベルに髭男の肖像画、そして渋みのある金字で『ジャックダニエル』と印刷されている。

「……マスター・ディス、ティ……ラー?」

ネロの事務所のネオンサイン看板を送ってきた男が、またある日、突然に送りつけてきたものだ。
箱に入っていたのはこれだけで手紙は勿論、ちょっとしたメモもない。
酒だということはすぐにわかったので、慌てて抽き出しの奥へ放り込んでしまった。
さっさと捨てた方がよかったのかもと少し悩んだり、もし見つかって捨てられたなら、それでもいいかと思いつつも―――――――興味がないといえば嘘になる。

少しだけ飲んでみるか、と瓶口を鷲掴み蓋を毟り取ろうとして、はたとして立ち上がった。
扉をそっと開けて、廊下とキッチンが静かな様子かどうか確かめる。
確認がすむと、もう一度、机に腰掛けて、今度こそ酒瓶を開けようと力んだ時、いきなり机上の電話が鳴り響いた。
虚を衝かれ、ネロはやかましく鳴っている電話を睨め付け(ねめつけ)、受話器を無造作に掴み取ってぶつけるように耳へ当てる。

「デビル・メイ・クライ! ……なんだ、あんたか」

なんだとはなんだ!とカルスがぼやく。
悪かったよ、とネロは受話器を肩と耳で押さえながら瓶口を捻って栓を開けた。
表稼業の口をひろってきてくれたらしく、仕事の内容を喋りだす。

「わかった。あんたの顔をたてるよ」

なんとか機嫌を良くしてくれたカルスが仕事とは関係ない話をしだす。
しばらくは大人しく聞いていようと話に耳を傾けていると、ノック音が響く。
入っていいかと尋ねる声にネロは受話器の口を持ち直しながら『いいよ』と返事をした。

「―――――――って、違うっ!!」

ネロは開かれようとする扉に向けて「ちょっと待ってくれ、キリエ―――――!」と叫ぶ。
受話器からカルスが「どうしたんだー?」と言ってくるがネロは返事をする気になれず、開いた扉に立っているキリエを見つめる。
ネロの手にはしっかりと酒瓶が握られていた。
そして、キリエの瞳がネロの手元に向けられ、見られてしまったことを感じた。

「あのね、斜向かいのオルシーさんから、素敵なお花をもらったのよ。お客様を迎えるソファーテーブルに飾ろうかなって思って………それで……」

いつものようにネロに微笑みかけながら事務所へ入ってくるが、途中で歩みを止めるとキリエは困った表情をしておろおろとしだす。

「ごめんなさい。まだ入っちゃダメだったのよね。ネロ、そう言ってたわよね」

どうしよう、ごめんなさいと取り乱すキリエを見て、いたたまれなさからネロは頭を抱え込みたくなってきた。
尚もしゃべり続ける受話器向こうのカルスに、後でまた連絡すると伝えて容赦なく切る。

「ネロ、それって…」
「ごめん。俺が悪かった。捨てます」
「…料理酒だとか?」
「いいえ、違います。酒。ウィスキーです、たぶん」

何故か、ですます調になってしまう。

「そうなの。お酒なの……ウィスキー…ウィスキーなの…」

キリエがどうしたたらいいのか、とても困った表情で小首を傾げる。
なにやら考え込んでいるのでネロはキリエの持っている花瓶を取ってソファーテーブルへ置くと酒瓶を持ってキッチンへと向かって歩き出す。
興味津々だった気持ちもすっかり失せてしまっていた。

「ほんとうに捨てちゃうの?」

キリエが慌ててネロの後を付いてくると、そう聞いてくる。

「ちゃんと捨てるから」
「……あのね、わたし、怒ってないのよ。びっくりしただけなの」
「それはわかってるから」
「あ! そうだ、ほら、ネロとわたし! ヴィラ・ローザ・ワイナリーのオーナーよ」

その言葉に、キリエが亡くなった両親から譲り受けたアグリツーリズモのことを思い出す。
フォルトゥナから車で二時間ほど走ったところにある農園―――――――成人するまで表向きはクレドが経営者ということになっていたが、幼い頃から母親とともに携わっていたのはキリエであり、その後継者として決まっていた。
フォルトゥナの事件後、所有していた土地や財産を管理をしていたクレドがネロの名も加えていたことがわかり、非常に困ったことになっている。

「いや、あれはキリエだけにして、俺は、できないし……違う、だから、その問題と、この問題は違う、と、思う!」

言いたいことや問題があまりにもありすぎて、ネロも少し混乱してくる。

「それじゃ……そのウィスキー、ほんのちょっぴり飲んでみようかしら」
「!?」

ネロは立ち止まってキリエを振り返った。
肩を竦め、好奇心でキラキラと輝く瞳をしたかと思うと、どこか焦っているような様子でジャックダニエルを見てくる。
完璧にキリエは錯乱している。

「絶対、ダメだ! キリエだって、まだ未成年だろ」

自分のことは棚に上げている事は十分わかってはいたが、思わず口に出てしまう。

「それに、キリエは苦いのは好きじゃないだろ? これはきっと最悪だ」
「でも捨てなくても…。ネロが、お酒が飲める成人の日を迎えるまで、預けておくのはどうかしら? シェスタに頼んでみましょうよ」

1時間の説教じゃすまないだろう。
いや、説教だけじゃすまないだろう。

「だって、ダンテさんがプレゼントしてくれたものでしょう?」

その名をキリエの口から聞いて、またもや頭を抱えたくなった。
浮ついたことをしている場合じゃない。

「ごめん、キリエ! 本当に反省してる! だから、捨てさせてくれ!」


end


2014.10.12

すみません、いっぱい妄想設定やってしまいました!
アグリツーリズモやワイナリーの件は、また機会があったら書きたい…
at 10/17 20:57
●title 休憩

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