人生で一度くらいはキュンとときめく胸の軋みを実感してみたかったし、彼となら死んでもいいって思える位熱い滾りに酔い痴れてみたかった。しかし人生はそんな上手く行くほどイージーでは無く、今の私の隣には足の長い優しくて素敵な爽やか好青年とは天と地程もかけ離れた陰険クソチビ女装癖が鎮座している。
巷じゃ「狂犬」だの「女泣かせ」だのと騒がれている様だが、皆こいつの外見に騙され過ぎである。

「そろそろ地上に帰りたいで候」
「まだ言ってんのか。そろそろ諦めろ」
「諦め切れないで候」

一生のお願いをこんな本気で使うのはなかなかに貴重な体験なのではないだろうか。この願いを聞き届けてくれたなら私はきっと聖女レベルに日頃の行いを正し、人の為に尽くし生きていくと思う。しかしその願いは一抹の希望すら見えぬまま星の海へと消え去っていった。
そもそもおかしな話である。
家に帰る事を何故諦めねばならんのだ。

私の自由と将来と人権を奪ったこの男、高杉晋助。
彼と私はなんの関わりもない、住む世界の違う人間だった。
ちなみに私は未だに、高杉がどういう立場でどういう状況下に置かれてるかを理解していない。よく分かんないけどなんか割とすごい悪い事してるっぽい。
そんな彼と私がどう出会ったかを簡単に説明すると、
バイト終わりに立ち寄った居酒屋で軽い乱闘騒ぎ。巻き込まれてなるものかと裏口から逃げた瞬間、高杉とバッタリ出会い。「お前なら大丈夫な気がする」と訳の分からない言葉を投げかけられたと思いきやその次の瞬間には軽いジャブを入れられ拉致。
これって犯罪だよね。訴えてやる。

「もう一ヶ月くらい空にいるよ?仕事絶対クビじゃんどうしてくれんの」
「戻らなきゃいい。戻す気もない」
「イキナリ連れて来られて知らない奴の身の回りの世話とかそんなアニメみたいなシチュ求めてないよ帰りたいよ」
「残念だがお前を手放すつもりはねぇ」
「ヤダ…!とかならねぇからさっさと手放せ馬鹿野郎」

唯一救いだったのは私の処女は守られている事だ。これは私の仮説だが、きっと彼はホモなのだろう。

「そういえばまた子と万斉に呼ばれてたんだ行ってくる」
「五分な」
「はいはい」

ここに連れて来られた当初は高杉の目が届くこの部屋から出る事を禁止されていたが、今ではすっかり慣れてしまったのか行先を告げれば船内を自由に動き回れるようになった。これが私の順応性という奴なのだろうか。船内で唯一の同性であるまた子とも仲良くなり、気を抜いたらこの生活が普通と錯覚しそうだ。

「お、来たっスね」
「お許しは何分でござるか」
「五分」
「依存型メンヘラ女子か晋助は」

私もそう思う。しかし折角のお許しを一秒たりとも無駄には出来ない。音を立てないようにまた子の部屋へと向かった。

「高杉泣いちゃうんじゃない」
「友達少ないっスからね」
「アンタほんとに高杉の事好きなの?」

バースデイサプライズなんていつ振りだろうか。学生の時にしたっきり縁遠くなってしまった。ふと、昔の事を思い出してはため息が零れた。

「いつ帰れるんだろ」
「…諦めた方がいいと思うっスよ」
「また子まで…!」

顔を上げれば、素っ頓狂な顔で鼻眼鏡やらレインボーアフロを装着した二人がこちらを不思議そうに見つめている。
いや、こっちが不思議な目をしたい。

「多分、晋助様の運命の人なんスよ」
「結婚するもんだと思ってたでござる」
「ファッキンクレイジー!」

私の知らない所で飛躍に飛躍を遂げた話が持ち上がっていたもんだと、この一カ月をのんびりのほほんと暮らしていた自分に絶望した。あんなクソチビが運命の人な訳ない。私の結婚相手は足の長い優しくて素敵な爽やか好青年と決まっているのだ。齢十九歳、まだ夢見るお年頃。

「鬼兵隊に女中がいないの気づいてたっスか?」
「そういえば」
「つまりそういう事っス」
「いやごめん、どういう事」

ホント頭悪いっスね。今の会話で全てを理解出来る奴がいるなら連れてこいや。憐れんだ目が凄くイライラしたので片側にある金色の房を引っ張ってやった。

「そろそろ時間でござるよ」

静かな取っ組み合いは万斉の一声によって静止され、それぞれ手にクラッカーを持ち、私がさっきまで居た高杉の部屋へと歩を進める。

「ねぇ、万斉、さっきの話なんだけど」
「女を誑し込んだ事がないでござる」
「は?」
「女に触れられないんでござる」
「は??」
「頭悪いでござるな」

いやだから、ちゃんと順を追って話しておくれよ。
ぐるぐると頭を回転させていれば、もう部屋の前に到着してしまった。

「つまり晋助様にはアンタしかいないんスよ」

ぽつりと聞こえたその言葉に、訳もわからずぼわりと頬が熱くなる。顔を上げた時にはもう目の前にまた子の背中はなく、次に飛び込んできたのはけたたましいクラッカーの音とまた子に抱きつかれ私の名前を必死に叫ぶ高杉の青い顔。ちょっと情けないので、顔面めがけてクラッカーを発射させた。思ってた通り、彼は泣いている。ちょっと違うけど。
そういえば、また子と高杉の間にはいつも私がいた。


morphine

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0810@happy birthday S.Takasugi


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