別れの日
0620ワンライ
お題「笑顔と幸福、それから」
背中に触れる塔の冷たさがフーカの胸を通る息まで冷やしていく。もう何度ここに座って広場を眺めただろうか。すでに彼の店は姿を消し、かわりに日曜を知らせる少しばかりの露店に人々が集っている。
ソウが街を去って数年。年に一度、流星群祭りの再会だけを拠り所に、フーカは彼を思い続けていた。
「想い出の中に住まわせてくれてありがとう」
彼の言葉が胸に反響するままに、ただひたすらに記憶を読み返す日々。今もまた、遠くに雑踏を聞きながらまぶたを閉じると、今年ももう少しで会えるねと記憶の中の彼が話しかけてくる。待ってるよと頷くと、自然に涙がこぼれた。
「フーカ、ねえ、フーカってば」
突然、今まさになぞり返していた声に名前を呼ばれ、揺り起こされる。
「え……ソウ?」
「うん、オレだけど。びっくりした?」
まだお祭りの日じゃないのに。目の前に現れた彼が信じられず硬直する。涙も引っ込むほどかたまった表情をからかわれると、恥ずかしさと少しの苛立ちが芽生え、いつの日か以来に心が生きているのを感じる。去年と変わらずへへへと笑う懐かしさに、ああソウだ、と全身の力が抜けた。
「お祭りの日、間違えちゃったの?」
冗談を言うほどに安堵したフーカの目から、引いたはずの涙が再びぽろぽろとあふれる。それを手の甲で拭いながらソウはゆっくりと話し出した。
「フーカがあんまり泣いてるから心配になったんだよ。キミにはいつだって笑顔でいてほしかったし……今日も、キミに笑ってほしくて会いに来たんだ」
フーカはいつものようには笑えなかった。全身に染み渡るソウの言葉に、しゃくる息がさらに詰まる。想い出をひっくり返してばかりで、自分の手で触れているはずのものもわからなくなっていた。現実をまぎらわすために振り返っていた想い出こそが現実を曇らせていることに、フーカは気付きかけていた。
「ソウは、私と出会えて良かった? 今でも嬉しいと思ってる?」
やっと開いた口から今までにないほど恨めしい言葉がこぼれた。ソウの驚いた顔がにじんで歪む。
「……うん、そうだね。オレは、キミのことが大好きだったよ」
想い出の中ではずっと一緒だから、いつまでも頬を撫でてくれる手が冷たくて心地良かった。
その年の流星群祭りにソウは現れなかった。フーカの元に届く花もなかった。それでも、塔の下でフーカは待っていた。流れる星を見上げ、最後の夜が終わるのを待っていた。
「オレとキミの想い出はいつまでもここにある。オレだけじゃない、キミの周りの人たちも、キミを大切に思ってる。キミは、本当は強いんだから」
記憶の最後の1ページ、さよならの前に聞こえた言葉を繰り返す。
あなたのいない今日は別れの日、塔の下から歩き出せるよう、星に願う日。
おわり