膝の上にお乗り
「お嬢さん」
走らせていたペンを置き、ソファに向かって声をかける。貸してやった本を読み終えたのか、きょろきょろとカラミアの部屋を見回していたフーカが振り向くいた。
「ちょっとこっち来いよ」
立ち上がり「なんでしょうか」と近寄る彼女をこっちこっちと執務椅子のとなりまで呼び寄せる。ご主人様を待つ犬のように見つめてくる瞳はいつも健気でまっすぐだ。その目の前で座ったまま椅子を引き、浅く腰掛け直す。準備が整ったところで、さあ乗ってとばかりに太ももをたたいてみせる。
ぽんぽん。
「あの……?」
「ほら、こっち」
ぽんぽん、もう一度。
しかし言葉をつまらせたフーカは、待ち受ける椅子を凝視したまま動かない。そもそも、いまだにおかえりのキスで真っ赤になるほどの恥ずかしがり屋が「はい喜んで」とすんなり座ってくれるはずがなかった。予想通りの反応に彼女の腰を抱き寄せ「お座り下さい、お嬢さん」とくすぐる。一気に頬を赤くして腕の中で身を反転させたフーカを逃すまいと腕に力をこめると、ひゃっと小さい声が上がる。そのまま腕に絡め取られた身体は背中から抱きしめられ、あっけなく膝の上に納まってしまった。
「あの……」
膝の上でもじもじと居心地が悪そうだ。
「お、重たくないですか……?」
正面を向いたままこわごわ尋ねるので、全然そんなことはない、となるべくやさしく答えてやる。すると観念したのか「ちょっとすみません」と自ら腰を上げて、今度はゆっくりと横座りに体重を預けてきた。またがってくれてもよかったんだがな、とよぎったものの、余計なことを言えば部屋から飛び出しかねない。今日はこれで十分だと自分を納得させた。
ひと言も話さないものの逃げる様子もない彼女にほっとする。重みがあたたかい。視界はもはや彼女に占拠され、小花の髪飾りがすぐそこで揺れている。
艶やかな髪。グローブをはめた手で後頭部に触れ、ゆるやかに撫で下ろし、そのまま腰を捕らえる。その拍子にびくりと震えた背中は姿勢を保つのがやっとのようで、こちらにもたれることもなくまっすぐに壁の方を見つめている。
「そんなに緊張することないだろ」
「は、はい」
いやいや、震えた声に背筋をぴんと伸ばして、まるで命令を待つ新人ソルジャーみたいだ。
どうしたものかと数秒唸ったあと、
「……なあ、お嬢さん」
彼女の耳元で脳まで溶かし込むように囁けば、「わ」と背中を丸め、まつげを震わせた目がこちらを向く。うるんだ桃色の瞳、反応ありと認めて、負けじと赤く染まる頬を指の背でなでる。
「この距離でお嬢さんを眺められるのは良いな」
「……私は恥ずかしいです」
視線は外されたものの、むにむにと動く頬はされるがまま、少し下がった眉。その表情はいつものように彼女の心を素直に教えてくれる。
「……かわいいな、俺のお嬢さんは」
自分の声にはっとする。
気を抜くと思ったことをそのままこぼしている自分に、俺もお嬢さんと変わらないなと笑ってしまう。それにつられて「どうかしましたか」と聞かれても、わけを話すのはばつが悪い。やっと顔が見られたというのになあ、ごまかすように目の前の長い髪をすくい上げ、あらわになった耳に口付ける。降ってきた刺激にぎゅっと閉じた目はこれ以上は無理と言わんばかりで、その頬もまたこれ以上ないほど赤く染まっている。
ひとつひとつ、触れるたびに照れてばかりの彼女だが、だからこそ、その表情から目が離せない。
腹の底を這う興奮にカラミアは身を捩じらせた。