剣城くんは不思議な人だと、最近思うようになった。サッカー部の中じゃ断トツで無口な部類に入る彼は、普段好んで人の輪に入ろうとしないというか、これはもう性格的なものなんだろうけど、あんまり楽しい話とかするようなタイプじゃあない。会話と言ったらだいたいはサッカー関連。試合中にちょっと声を掛け合ったり、作戦を確認したり、だいたいそんな感じのやりとりで終わってしまう。でもまあ、クールなようで実際は熱い奴だとか、無愛想なくせに意外とお人よしだとか、他にも理由はたくさんあるんだろうけど剣城くんが俺たちの中で孤立する、なんてことはまずない。俺の中で剣城くんは何というか、うん、不思議な人って一言に尽きる。そんな印象だった。
今のは部活の時間の彼の話。

じゃあ普段は――って語れるほど俺は彼と長い時間一緒にいるわけじゃないし、クラスも違う。それどころか帰り道だって全然反対方向だし、時々お昼休みに顔を合わせたって、その時は天馬くんや信助くんたちも一緒のことが多いから、あんまり彼のことだけを観察する時間がない。別に人間観察が趣味ってわけじゃないけど、表情を読みにくい剣城くんの行動やら何やらを探るのは飽きなかったし、いい暇つぶしだった。まあそんな一連の流れでわかったのはイケメンでそこそこ頭もよくてエースストライカー様ですから、女子にすっごいモテるってことくらい。舌噛め畜生。

剣城くんは本当に不思議な人だった。俺がじっと見てると、それが部室でもグラウンドでも、時には体育の時間俺が教室、彼が外にいる時だって、俺が見ていると自然と彼も俺に気付いてこっちを見返すんだ。初めはそれが不思議でたまらなかった。だって部活でならまだわかるけど、授業中だぜ?超能力でもあるのかと思って、その日の昼休み図書室で怪奇現象とかオカルトについて片っ端から調べたっけ。

でもま、見てるうちに気付いたんだけどさ。そんな大袈裟なことじゃないってことは。

彼も俺と同じ、いやそれ以上に俺のことを見てる。これじゃ傲慢かな。でもそう思うんだよね。俺は剣城くん限定で観察してるけど、彼は俺だけじゃなくて、それこそもっと広い視点から自分以外のすべてを見てるんだろうなって。なんとなくそう感じた。普通そんなこと毎日続けてたら息苦しいし疲れるしでまいっちゃうだろうに、剣城くんは本当に不思議な人だ。

無口で、クールで、無愛想で、そのくせ意外と熱血で、お人よしで、さりげなく優しくて、少し嫌味っぽいとこもあって、無駄に男前で。




「狩屋」

「ん?」

「お前、俺のこと好きだろ」




だから、そんな剣城くんが突拍子もなく、しかも部活が終わった後のまだみんな着替えている更衣室でそんなことを言い出した時には、本当に心臓が止まるんじゃないかと思った。ああいうのって大袈裟なたとえだとばかり思ってたけど、人間心底驚いた時ってホント何もかも停止しちゃうんだね。心臓も動きも思考回路も然り。

まず剣城くんの台詞をかみ砕いて飲み込むのに五秒。それから事態を飲み込むのにさらに五秒。天馬くんの「えええええ!?」って馬鹿デカい叫び声で現実に引き戻されたけど、たっぷり数十秒固まっていた俺はと言えば、口を開こうにもうまい言葉が出てこなくて、「な…なっ……!」と間抜けに目を丸くするほかなかった。剣城くんの声は大きくはないけど凛としていてよく通る。今回も例外じゃなくて、俺に向けられたその一言もばっちりその場にいた部員全員に届いていたらしい。どよめく更衣室の中、俺たちから一番離れた場所にいた霧野先輩も口元引き攣らせてるし、その隣で着替えていた神童先輩なんて男前が台無しになるくらい目を見張ってる。いや、一番驚いてるの俺だから。っていうか。




「そんなんじゃねえし!!」




平然ととんでもないことを言ってのけた剣城くんに向き直って俺はあらん限りの大声で怒鳴った。ぴた、っと周囲のざわめきが途端に消える。それはたぶん俺の声に特別鬼気迫るものがあった、とかそういうんじゃなくて、剣城くんを見上げる俺の顔がきっと情けなかったからに違いない。沈黙は逆に羞恥を煽って、ますますいたたまれなくなった俺は耳まで上気するのを感じていた。

ホント意味がわからない。確かに、確かに俺はずっと彼を見ていた。それは認める。でもそれは、彼がそういう不思議な魅力を持った人間で、俺の興味をひくのに最も適った人物だったからだ。俺は剣城くんをそういう意味では意識して、ない、し−−−本当に?

ふと生まれてしまった疑念を、そんなことすべてお見通しだと言わんばかりに真っ直ぐ俺の目を射抜く剣城くんの視線が、より輪郭が鮮明な疑問符に変えてしまう。深い、それはもう夜に溶けかけた夕日よりも鮮やかな橙色が、俺に嘘をつくなと語りかけている。そんな気がして、俺は思わず息をのんだ。ひゅっと喉が鳴って、思わず後ずさったけどここじゃ逃げ場なんてどこにもありはしない。




「狩屋」

「え、」




ちょっと、ちょっと待ってちょっと。

剣城くんが退く俺の腕を掴んで、そのままロッカーに押し付けた。沈黙を貫いていた先輩方が再び堰を切ってざわめきだす。そりゃそうだ、部活の後輩同士のこんな現場見たくもないよな。当事者の俺もほとほと参ってるんだから気持ちはわからないでもない。でも頼むから見ないでくださいマジで。

なんて周りに気を遣えるほど冷静を保てなくなっていた俺は、目と鼻の先まで迫ってくる剣城くんに従って徐々に狭まる視界にどうすればいいかもわからずひたすら混乱した。こういう場合はどうするんだろう、考えたこともなかった。突き飛ばすのが一番かな。いや、でも体格的に撥ね退けられないに決まってる。っていうか、え、これ本当に。

キス、される。




「………っ」




意を決して目をぎゅっと瞑り、これでもかってくらい唇を横に引き結ぶ。半分は勢いだった。次に唇に触れるであろう感触を予期して、ぞくりと背筋が粟立つのを感じる。彼に掴まれたまま宙を彷徨っていた腕は結局行き場をなくして、固く握りしめられただけだった。

けれど、いつになっても唇に何かが触れる感触は訪れない。不審に思うのと同時に、まさか、と半分確信を持って瞼を開けた。なんとなく予想はしていたけど、やっぱりそこには目の前まで迫っている剣城くんの顔。その口元は悪戯が成功した子供みたいに厭らしい弧を描いていて、ようやく俺はからかわれたのだと込み上げた恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にしたのだった。





「こ、のやろうっ!」

「おい、暴れるな」

「っるせぇ!剣城くんタチ悪すぎ!んなことして楽しいのかよ!!」

「楽しいが?」

「やな性格だねホント!」

「ふん。光栄だな」





鬼!悪魔!ってホント餓鬼みたいに一つ覚えの罵声を浴びせて、けどそれを気にも留めない剣城くんはどこ吹く風だ。軽くあしらわれてる嫌でもわかって、でもそれなら何であんなこと言い出したのかって考えちゃって、頭の中で何度もぐるぐる巡らせるけど答えなんて出るはずもない。





「狩屋」

「なん、だよっ……」

「お前は俺が好きだ」

「はぁあ!?」

「いい加減認めろ」





認めろと、言われましても。

耳元で囁かれて、反論しようと開きかけた口はそっと宛がわれた剣城くんの人差し指によって制止された。顔が熱い。気に食わない。みんなの視線が、痛い。言いたいことはたくさんあるのに、言葉が形にならなくて、そのまま霧散するばかりだ。ただ。ただ、それでもくるりと踵を返して俺に背を向けた剣城くんに一泡吹かせてやりたくて。

不思議な人だと思ってた。ここ最近ずっと。剣城くんのことを目で追いかけていた。いつからだったか忘れるくらい、無意識のころから。

これは恋なんかじゃないって、そう脳は警報を鳴らして叫び続けているけど、まずは一矢報いてやらなきゃ気が済まない。もうやけだ。ようやく自由になった体をロッカーから離し、思い切り床を蹴って呆けたまま俺たちを見ていた天馬くんたちの前を走り抜ける。





「剣城くん!!」

「!」




とっくに着替えを済ませていた彼が更衣室から出ようとしていた、まさにその瞬間。俺は自分がやられたのと同じことを繰り返した。腕を掴んで思いっきり引き寄せて、彼がバランスを崩したところで顔を近づける。そして。




「……っ!?」





歯と歯がぶつかるくらい勢いよく、キスをかましてやった。

その時の剣城くんの顔と言ったら。俺がこんなことするなんて予想だにしてなかったみたいで、歯への衝撃に顔をしかめながらも目を見開いて俺を凝視している。ちょっと失敗したな。俺もすっごい痛い。でもしたやったりって気分だ。





「俺が君のことを好きだっていうなら!」

「っ……」

「君も、俺のこと好きになってくれなきゃいやだから!!」

「………は?」

「………え?」





俺は今、とんでもないことを言ってしまったんじゃないだろうか。

少なくとも俺はこんなにぽかんとした剣城くんの顔は今まで見たことがないし、着替え中の先輩たちもみんな固唾を呑んで見守ってるっていうか、え。俺は一体、何を。何を、口走ったんだ。





「いっ……今のは無し!!!」





もう自分でもどうなってほしいのか、これからどうなるのかなんてわからなかった。ただ、今はもうこの場にいたら自分が自分じゃなくなってしまうような、途方もない不安感に襲われた。この流れに任せてとんでもないことをしてしまったら、いやもうしてしまったけど、これ以上の失態は何としても避けなければ。まだユニフォーム姿のままなのに、自分のロッカーから鞄と制服を無造作に手に抱えて、あとはもう誰にも脇目も振らずに走った。何か言いたそうな剣城くんにも気づかないふりをして、おつかれさまでしたって先輩たちに挨拶する余裕もないほどに。

畜生、何がどうしてこうなったんだ。俺はただ、剣城くんのことを、

剣城くんの、ことを。





「〜〜っ……明日からどんな顔して会えばいいんだ…!!」





息が切れるまで走って、沈み始めた陽の光が眩しいくらいに射す遊歩道の真ん中で、俺は思わずうずくまった。遠くでゆらゆら揺れる夕焼けが、さっきまで見つめていたあの燃えるような橙に重なって見えてしまったせいだ。






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