特に理由があったわけでもなく、何かきっかけのようなことがあったのかと問われたら、それすらも怪しい。



気まぐれと言うには性急すぎる行為だとわかっている。それでも衝動的に抱き締めた狩屋を手放す気にはなれず、明らかに動揺して目を点にしているこいつの前髪を適当に掻きあげた。シャンプーの優しい仄かな香りが芳しい。





誰もいないサッカー棟の準備室。普段は部員も近づかないこの場所に狩屋と入ったのはそれこそ興味本意だ。
「探検がてら見てみたくなぁい?」と楽しげに聞かれて、特に断る理由もなければ当然の反応だろう。



俺と狩屋は、所謂恋仲だった。




暗い密室。おそらくは人が来ないこの部屋で、想い人と二人きり。それもお互い部活動に励む者同士、ここのところ二人で過ごす時間が得られなかった反動もあったかもしれない。






「狩屋」

「……!っ……ふ、」






狩屋の形のいい耳に舌を這わせる。湿りを帯びたその先端でしつこく耳朶をつついたり、穴の中に強引に舌を捩じ込んでみたり、かと思えば気まぐれに両の唇で啄んでみたり。


自由に堪能している間、当の狩屋はひたすら目をきつく瞑ってその刺激に堪えていたが、ふるふるとそこはかとなく揺れる睫毛や小刻みに震える肩が、欲情を隠しきれていない。






「……悪い」

「ぁ、っ」






華奢なその肩を掴んで、頭を打ち付けないようにそっと押し倒した。どさっ、と力の方向に従って狩屋の体が沈む。細い腕をそのまま床に縫い付ければ、潤んだ目が戸惑いがちに俺を捉えた。






「剣城、く……」

「……いいか、狩屋」

「なっ……!」

「歯止めが利かない、」






じっ、と探るように見詰めれば「うっ……」とじわじわと頬を染め上げる狩屋。


決して女顔というわけでもなく、かといって目鼻立ちが人一倍整っているというわけでもない。
だが俺の視線に居心地悪そうに目を泳がせるものの、拒絶の言葉を紡がない意地の塊を解すのは、なかなかに楽しいと思っている。



そして、それは俺が狩屋を好いているという前提があって初めて成り立つ答えだ。






「……好きだ、狩屋」






口から自然と出てきた言葉は何の捻りもなく陳腐な愛の台詞だったが、狩屋には効果覿面だったらしい。
「なんでここでそーゆうこと言うかなぁ……!」とため息と共にぼやくのを、「思ったことを口にしたまでだが。」と軽く切り返しておく。何か言いたげだなと思ったが、これ以上の会話は不必要だと判断してそのまま唇を覆った。






「んんっ……」

「は……、」

「ぅ、ん……んっ…!」






重力に従って唾液が下へ下へと落ちていく。狩屋が飲み込みきれなかったそれが、口の端を伝って顎から鎖骨へと垂れる。


それでも唇を離したくなくて、しばらく狩屋の頬に手を添えて夢中で舌と舌を絡めていた。ぬるりとした感覚が気分を高揚させてどうしようもない。



粘着質な水音が部屋に響き、粘膜の擦れる感覚がダイレクトに下肢に響く。深く、深くと求めているうちに、自由になった両腕を狩屋が躊躇いがちに俺の首の後ろに回してきた。始まりの合図だ。






「っん、ん!」






歯列をなぞってみたりと好き勝手に口内を蹂躙するのは止めず、狩屋の頬を撫でていた手を顎へ、首へと下に下ろしていく。
浮き出た鎖骨を軽く撫で、ユニフォームの襟を押し広げてはだけさせる。普段は日に曝されることのない白い肌に脳髄が痺れた。






「っは、ぁ……俺に欲情しちゃったわけ?剣城くんってば……」

「そうだ。お前を抱きたい」

「!だから……っ君はもっと言い方を……!」

「うるさい」






余計なことをいつまでもベラベラとしゃべる口だ。一回黙らせれば問題ないか、と再び深く口づける。



「ふ、…っ!」と一瞬たじろいだ狩屋も、やがて諦めたのか強張らせていた肩の力を抜いた。こいつも大概天の邪鬼だ。求めているのは俺ばかりではないと、少し見ていればすぐにわかる。



嘘をつくのが誰よりも下手な、それでいて正直の作り方を素知らぬ振りを続ける狩屋は自分の感情にも鈍感だ。
そんなこいつに惹かれた俺も俺だが、と一人納得して、狩屋の服の裾をたくしあげるのだった。



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