「兄さんにプレゼントを買いたい。」
だから付き合え。そう言われて真っ先に「なんで俺が?」って至極当然のことを思ったりしたわけだけど、断る理由も見つからないし何より俺は剣城くんのことを全然知らない。彼のことを意識しているわけではないけれど、一応同じ学年で同じ部活に所属していて、ひとつのチームとして一緒に戦っている剣城くんのことを名前と顔と性別しかわからないって、さすがにそれは良くないかなって思った。
だから二つ返事で「あ、うん。いいよ。」って答えたわけだし、剣城くんも「そうか。なら明日の朝、十時に雷門中の正門前に来い。」ってまあいかにも彼らしい返答を貰ったわけだけど。
せっかくの休みなのにめんどくせえなー、とか腹ん中じゃ毒づいたりして。でもそれを表には出さずににこにこ笑うのはいつものこと。汗をすっかり吸い込んで湿ったユニフォームを使い込んだエナメルバックに押し込みながら、剣城くんに「また明日。」って笑いかけて部室を出た。うん、そうそう。いつもどーりの俺。
翌朝、からっと晴れた休日の空は心なしかいつもより澄んでいる気がする。一応部活とは一切関係ないしジャージは変かなって思ったから、気合いをいれてるわけじゃないけど(ここ重要!)普段は着る暇がなくて押し入れの中にしまってるお気に入りの服を出した。部活がある日は私服を着ないから、ほとんど着ることのないパーカーに少し皺が寄っている。そんなことは気にならないけどさ。
身支度もほどほどにいつもの通学路を通って正門へと向かうと、約束の時間にはまだ余裕があるのに剣城くんがもう待っているのが遠目に見えたから、途中で慌てて走り出した。それに気づいた剣城くんがにこりともせずに片手を挙げて応える。愛想なさすぎでしょ!って心中叫んだけど、普段決して見ることができない彼の私服の、しかも思ったよりずっとカッコいいその姿に何も言えなくなってしまった。
背が高く体の線もやや細めの剣城くんは、少し派手な装飾がついた着る人を選ぶだろうシャツとズボンを男の俺から見ても思わず見とれるくらい華麗に着こなしていて、すごいなって思う反面並んで歩く自分が幼く見えるじゃないかって舌打ちを漏らした。人に言われるまでもなく自分が幼い容貌であることは自覚してるし、それでも隣に天馬くんや信助くんがいる時は何も感じなかったのに。
でも相手が剣城くんなら仕方ないよね、って結局はそういう結論に辿り着いて、苦笑を張り付けたまま俺を待つ彼のもとに急いだ。彼と張り合ったところで俺には何の得もない。お兄さんだか何だか知らないけど、適当に何か勧めて促してやれば、剣城くんも満足するだろう。
「お待たせ……!」
信号を渡りきってようやく正門に着いた。小走りでそう言いつつ駆け寄る俺を剣城くんはちら、と一瞥して、いつもの仏頂面で「ふん。」と鼻を鳴らした。感じ悪い。心の中で盛大に悪態をついてやりながら、だけどそんなことは露も感じさせず愛想良く振る舞う俺ってすごいと思う。
「ごめんな、待った?」
「いや。さっき着いたばかりだ」
だったら偉そうに鼻鳴らしてんじゃねえよ!ってうっかり言いそうになったけどそこは抑えて、「なら良かった。」とにこりと笑う。青筋が立ってないかは心配だったけど、すぐに「行くぞ。」と俺に背を向けた剣城くんにはそんなこと関係ないみたい。
(つーか態度最悪だな!なんで俺を誘ったんだよクソッ!!)
思わず素を出してしまいそうになったけれどそこは何とか抑えて。つかつかと歩き出した剣城くんの背を追いかける。思ったより広い肩幅が男らしくてムカついた。
「狩屋」
ふと、剣城くんが俺に振り向いた。彼の背中をぼんやり見ていた俺はすぐにハッとして、弾かれたように顔を上げる。じっ、と観察するかのような剣城くんの視線がなんだか居心地悪くて、すごく目をそらしたくなった。
何なんだよ。俺は俺のペースを乱すやつは嫌いだ。だいっきらい。いっつも余裕ぶって、愛想悪いくせに周りからの信頼は人一倍集めて、俺には無いものをたくさん持ってる。剣城くんを嫌いだとはっきり意識したことはないけど、昨日から調子狂わされっぱなしだし。なんかかっこいいし。すげーむかつく。
「その色」
「え?」
「お前によく合ってるな」
「………は」
真顔でそれだけ言って、再びつかつかと歩き出す彼。本当に、何なんだ。ムカつくどころじゃない。あんな、あんなの。
「〜〜っ……」
反則すぎでしょ。
顔に熱が集まるのをどうすることもできなくて、思わず思考も動きも数秒停止させて、ただ剣城くんにそれを悟られるのは癪だから下を向いた。恥ずかしくて顔を見られたくなかったとか、そういうことじゃない。絶対。
さっきのやりとりだって。自分で言っといておかしいけどどこのカップルだよ。俺たち男同士で、しかもそんなに仲良くないし。「待った?」なんて聞くんじゃなかった。っていうか剣城くんも嫌みのひとつぐらい言ってくれていいじゃん。あんな風に返されたら、どう答えていいのかわかんねーよ。
だから彼は苦手なんだ。
しばらく歩いたら商店街の西側に出て、人通りの多い道を流れに沿うように歩いていったらお目当ての店に着いた(らしい)。何の洒落っけもない普通の時計屋さんだ。最初からだいたい買うものに見当をつけていたみたいで、剣城くんがあらかじめ目星をつけていた物の中から俺が適当に選ぶって簡単な作業はあっという間に済んだ。結局派手でもなければ地味でもない、シンプルなデザインの腕時計をひとつ。それを箱に包んでもらって、俺たちは店を出た。思ったよりずっと早く用が片付いてしまって、なんだか呆気ないような物足りないような不思議な気持ちになる。……物足りないは、ありえねーけど。
「付き合わせて悪かったな」
「ううん。俺も楽しかったよ」
この言葉に嘘はない。チームメイトと買い物なんて普段しないし、女子じゃないけど誰かとプレゼント選びってのもなかなか機会がないとしないから、かなり新鮮で愉快だった。朝は妙にぎくしゃくしたけれど今はすっかりそれも無くなって、思いがけずいい休日を過ごしたなって気分。(それは本人には言ってやんねーけど。)
店を出て、さてこれからどうしようと剣城くんを見上げる。そこで彼も同じように俺を見おろしていたことに気がついて、瞬時硬直した。
目がバッチリあって、ただそれだけなのにハッとして、顔が熱くなる。意識してるとかありえねえ。女子か。
「狩屋」
「な、なにさ」
「このあと暇か?」
「?えっ……あ。うん。午後までかかると思ってたし」
「それは好都合だ。つきあってもらった礼に昼飯を奢りたい。行くぞ」
「え!ちょっ……ちょっと!それはまずいって!」
「なにがだ」
「なにがって……」
「素直に受け取っとけ」
「うぐっ……」
強制連行って時点ですでにお礼とかじゃなくね!?って心中つっこみをいれたが確かに悪い話ではない。こんなことのためについてきたわけではないにしろ、奢りたいと相手が言っているのだから従った方が自分にとっては得だ。そう判断して「じゃあお願いしようかなー」と口許をつり上げた。
と、その時急に腕を強く引っ張られて「うわっ!」と悲鳴をあげた。バランスを崩しながらなんとか踏みとどまると、俺を見下ろしながらほんの少しだけ、表情を和らげた剣城くんと再び目が合って。
「隠すならもっとうまく隠せ。下手くそ」
「…………なっ」
ぶっきらぼうに繋がれた手はそのままに、「こっちだ。」って人通りに乗じて歩き出す剣城くん。流されるままに俺も彼を追って、ただ今回は剣城くの背中なんて、見ていられなかった。
誰にも気づかれませんように、ってひっそり祈りながら、赤く染まった顔をできるだけ隠すように俯く。俺の手を引く剣城くんが振り向かないようにと願いながら。
ああ、これってもしかしなくてもデートみたいだなって、うまく働かない頭の片隅で思った。