ひとつ学年が違うって、ただそれだけのことをこんなに恨めしく思ったことはない。


当然のことながらクラスの在る階は別だし、当然授業の合間の十分休憩に会う確率も微々たるものだ。仮にすれ違ったとしてもお互い移動教室だったりトイレだったりで話す時間なんてないし、職員室で出くわしたときもそう。昼休みはまだ時間があるけれど、他学年の教室に一人で用事もなしに行くのは、やはり躊躇われる。



つまりだ。俺と狩屋は放課後、部活動とその後の帰路を共にする時間以外、全く接点がない。



いつだったか、あの捻くれ者の後輩を昼食に誘ったら「部活以外でセンパイと顔合わせて何が楽しいんですか。お断りします。」と純然たる悪意と意地の悪さを内に包容しつつ表面だけは薄っぺらな清々しい笑顔で返されてしまった。もちろん俺も「せいぜい天馬や信助に見放されないように気を付けとけよ。」と鼻で笑ってやったけれど。



それ以降あの生意気な後輩を昼食に誘ったことはない。結果は目に見えてる。無駄に喧嘩をして事を荒立てて、唯一まともに目を見ながら話ができる部活の時間を棒には振りたくない。



そこにまで考えが至って、俺はどれだけ狩屋に惚れ込んでいるのだろうと口許を手で覆い隠して項垂れた。心配そうに「具合でも悪いのか?」と身を案じてくれた神童に申し訳ないが、これもある意味一種の病気だから仕方ないよなと結論付けることにしよう。






余談はここまでだ。今朝は月始めに必ず行われる全校集会というやつで、朝練とその後の読書タイムを削って全校生徒が体育館へと集合していた。
俺と神童も登校してまず教室に鞄を置き、その足で体育館へと向かう。遅刻ぎりぎりでもないと言うのに、もうかなりの生徒が揃っていた。


集会が始まるまでは教師も一部の役員たちと最終確認をするだけで、すでに自分達のいるべき場所に腰を下ろしている生徒たちのざわつきはその勢いを増すばかりだ。
騒がしいとは思うがこの時間は話すのを規制しているわけでもないし、何より自分も神童や他のクラスメートと話を交えてしまえば同じこと。早々に自分のクラスの場所へと向かい、座ろうとした。



そこでふと、本当にふとした瞬間、視界を見慣れた蒼が横切って、思わず俺は動きを止めてその色を目でおいかけた。見間違えるはずがない。アイツだ。
一年生はステージの前のスペースにクラス順だと決まっている。当然、狩屋も自分のクラスメートのいる場所に向かっているのだとすぐにわかった。


(そういえばあいつ、この集会二回目だよな。場所、ちゃんと見つけられるのか?)


どうも座る場所が正しいのか迷っているらしい。無理もない、雷門中は全校生徒数も多いし、転校してきたばかりの狩屋が躊躇うのも仕方ないことだ。



見失う前に俺が誘導した方がいいかもしれないな、と狩屋の後ろ姿を見つめていると、その脇に天馬と西園が駆け寄ってくるのが見えた。踏み出しかけた一歩を慌てて止める。三人がそこで少し会話をして腰を下ろすのを見届け、俺は息をついた。
どうやらそこで合っていたらしい。狩屋がはたから見たらうわべばかりと思わせないにこやかな笑顔で天馬たちと雑談を始めたのを見て、なんとなく苦笑を漏らす。まったく、朝から俺は何をしてるんだか。



「霧野。」と神童に後ろから声をかけられたこともあり、「ああ。今座るよ。」と返して、列の真ん中辺りに腰を下ろした。あっという間に俺と狩屋たち一年生の間にはたくさんの生徒が押し寄せて、あの目立つ蒼色も見えなくなる。それを残念だなんて思ってしまっている自分がなんだか可笑しくて、けれどどうにも目を離したくなくて、誰と話すでもなく俺はずっと前を見続けていた。






集会が始まってからの時間はあっという間だった。それは俺が校長や生徒会役員の話に関心を寄せていたからと言うわけではなく、寧ろその逆で、意図せずうつらうつらと舟を漕いでいたらしい。意識が完全に覚醒したときにはすでに集会は終わりの時刻を迎えていて、解散の指示が出された直後のことだった。


(やっちゃったな……)


居眠りをしたことがない、とは言い切れないが、集会のはじめから終わりまで寝てしまったのは失態としか言いようがない。担任に気づかれていないことを願いつつ、ぼんやりとした視界を晴らそうと目を擦る。自分が思っていた以上に疲れていたのかもしれない。授業には支障がなければいいが、とひとつ欠伸を漏らして顔をあげた。



その時だ。先に体育館から出るよう指示された一年生の、我先にと出入り口に押し寄せる人込みから少し離れた、一年の団体の最後尾付近に数十分前俺が目で追っていた蒼を見つけた。依然として俺の頭は寝惚けていたけど、その色を視界に捉えた瞬間に思考が冴え渡るのだから、俺も現金だ。
隣にいる天馬よりも少し低い背丈の、狩屋の表情はここからじゃ見えない。人波に揉まれて見えなくなるのも時間の問題だろう。


(……あ。)


不意に、狩屋がこちらを向いた。目が合った、ような気がする。自意識過剰ではないと思いたい。
俺を見つけただろう狩屋は一瞬目を丸くして、けれどすぐに人を小バカにしたような深い笑みを浮かべた。何なんだ、俺の気も知らずに。むっと口許を引き結ぶと、狩屋の形のいい唇が動いたのがわかった。何かを伝えたいらしい。


(セ、ン、パ、イ、……)


その言葉を一瞬で読み取って理解した俺は、クラスに戻ろうとしている狩屋の腕を今すぐ掴んで走り出したい衝動に駆られた。してやられた気がしてならない。無性に悔しくなって、「狩屋!昼休み屋上だぞ!」と、らしくもなく声を荒らげたのだった。



『センパイ、見すぎでしょ。バーレバレ。』



俺にそう口の端を吊り上げて口パクで伝えた狩屋に、昼休みになったら教えてやろう。あの人の群れの中でそれに気づけるお前も、人のことをとやかく言えないくらい、俺のことを意識しすぎなんだと。そして出来れば力一杯抱き締めてやりたい。あいつが、天馬や信助を引き連れてこなければの話だけどな。



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