自動販売機で自分の頭のてっぺんよりやや上の方にあるボタンを押せば、ピッという電子音の直後にブラックコーヒーの缶が派手な音を立てて重力に従い落下する。
取り出し口から手を入れそれに指先で触れると思いの外熱く、かじかんだこの手のひらで掴むのは躊躇われた。


決して冷え性ではないが、この時期になって急な冷え込みを見せた氷点下に近い気温の中では致し方ないかもしれない。学ランのポケットに無造作に突っ込んでいた、今朝家を出る前に洗濯物から取り込んだハンカチを取り出す。アイロンをかける前で良かったとしみじみ思いつつ、そうして俺は熱を未だ拡散し続ける缶をようやく手にすることができたのだった。



一部始終を見ていた倉間は顔一面にさらけ出した呆れた表情を隠そうともしないで、眉間に皺を寄せつつ眉を垂らして息をつく。半分細められた目がまっすぐ俺の手の中にあるハンカチと缶に向けられていて、俺がその視線を気にも止めずプルタブに親指を引っ掛けて開ける様子を、倉間は見つめているだけだ。
まあ考えてることは容易く想像できるから、俺からは口にしない。



プシュッ、という聞き慣れた軽快な音と同時に立ち上る湯気。白い煙が風に煽られながら空へと還るのを見送りつつ、コーヒーにひとくち口をつける。舌の上に広がる痛いくらいの熱と後を引く苦味。


たまらないな、と口を離したら、今度は呆れ半分に信じられないものをみるような目で口許をひきつらせる倉間が視界に入る。これはさすがに無視できなかった。






「なんだ、さっきから」

「いや……ブラックなんてよく飲めますね」

「三年になったら嫌でも飲むようになるさ」

「想像つかねえッス」

「確かに、お前にこれは似合わないな」






微笑も程々に、倉間の小さな手に握られた缶にプリントされている『あったかココア』という、無駄に大きいフォントで書かれたシンプルなそれを一瞥すれば、俺の言いたいことがわかったんだろう。倉間はむっと口を引き結んで、すでに空になった缶を側にあったゴミ箱に投げ入れた。
からんころん。へえ、随分とまた器用に入るもんだ。






「どうせ俺はまだまだ餓鬼ッスよ」

「そうやってすぐ拗ねるところが餓鬼なんだ」

「うぐっ……」

「まあ、年相応とも言えるけど」






再びコーヒーを飲み下しながら、思う。倉間が幼いんじゃない。大人びていると言えば聞こえはいいが、精神が大人に近づくというのはそんなに良いものではないのだと、ここ最近痛感するようになった。


俺は明日を振り返りながら後ろ向きに生きているのかもしれない。笑顔から青さが消えていくのが如実にわかってしまうのだから、仕方ないことなのだろうと自分を納得させてはみるけれど。



俺という個体番号が無くなってしまうのはおもしろくない。けれどそれは、早いか遅いかという違いだけど誰もがいつかは追い付かれることなんだろう。それを知ったその日に、俺はきっと幼さを捨てた。






「南沢さん?」

「………バカは俺だな」






冬はどうでもいいことを深く考えすぎて暗鬱になるから、嫌いだ。
けれどそんな日に俺の思考の断片すらも理解できないくせに、その癖寄り添っては塞ぎ込まれた感情と理性を融かしていく、こいつが側にいるだけで。
それだけで、俺は。



投げ掛けた言葉が反響して、切なくてもそれが受け止められる普遍を噛み締めた。今日のコーヒーは一段と苦い。最後まで一気に飲み干して、倉間の真似をしてやや離れたゴミ箱に、空っぽの缶を投げる。宙で一回転したそれは見事なくらい大幅に左に逸れて、やや角度のある校舎から校庭までの坂を転がっていってしまった。なに、後から拾えばいいさ。






「倉間、来いよ」






手招きしたら、倉間は一呼吸置いて俺のすぐ側まで近寄ってきた。伸ばした手のひらがちょうど倉間の頬に触れたところで、こいつの体が思ったよりも冷えていることに気がつく。


もう片方の手に依然として握り続けていたハンカチをやはり無造作にポケットに押し込んで、両の手で倉間の頬を挟み込む。俺の蓄えた熱がやつの頬に流れ込むのを感じながら、急速に奪われていく体温にすら、なんとなく愛しさが募った。



キスしてやろうかと手はそのままに唇を寄せれば、「ちょっと、それはまずいッスよ!」と慌てて跳ね上がった倉間の声に、動きを止める。そうだ、ここは学校。しかも外だ。






「口直しにと思ったんだけど、仕方ないか」

「……そもそもコーヒーの口直しなんて聞いたことないッスけど」

「へえ。嫌だった?倉間」

「わかりきった質問しないでください」

「それもそうだな」

「……放課後」

「なに」

「部活が終わったら、続き、待っててもいいッスか」

「それこそわかりきった質問だろ」






良かったじゃないか。俺もお前もこの寒い中、首から上だけは暖を取ることができた。今はそれで我慢することにしよう。



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