愛を語るには俺はまだ幼くて、膨れ上がるばかりの気持ちをどう扱えばいいのかもよくわからない。拙い言葉では伝えきれない想いが唇に募るばかりだ。都合よく解釈すれば、だから狩屋の唇は甘いのだと、俺はそう思っている。



どうも俺は色恋に関しては、自分の考えやその時に感じたことを言葉に乗せるのが苦手らしい。狩屋は徹底的に俺に、そして自分に嘘を付くタイプだ。見抜くのは容易いが、それをほどいてやるには俺が、教えてやらなければならない。こいつの張った強がりと意地の解き方を。






「狩屋、」

「っ……」






最中に、狩屋は決して声を出さない。頑なに血色の良い唇を閉ざしたまま、手加減なしに噛み締めて血を滲ませるものだから俺としては見ていられなくて、何よりも気に入らない。
最初から最後までシーツを握りしめたまま、声を漏らすまいと肩を強張らせている。触れる度に跳ねる体を愛しいと思わないことはないが、俺はそれじゃ満たされない。


「噛むな。」「力を抜け。」「唇が切れるぞ。」俺は言った。今日に限らず、もう何度も繰り返した言葉だ。聞き入れられた試しはない。今日もそれは例外ではないだろう。面倒なことに、狩屋は天の邪鬼であり極度の見栄っ張りでもある。こいつもきっと、自身が望むものを手にいれるまで、俺の言うことなんて聞きやしない。






「ほら、もう血が出てる」

「っ気に、なんねえし」

「俺が気にする」

「はっ……アホくさ……労ってる、つもり、かよ」

「そんなんじゃない。鉄の味のキスなんて萎えるからな」






唇を寄せると悩ましげに狩屋が眉を潜めて、でも決して俺をはね除けることはなく、やがて観念したように目を強く閉じる。
本人は認めやしないだろう。けれど俺にだけわかるように示されたその合図は、素直じゃない恋人が唯一俺に垣間見せる本音なのだろうと、そう考えたら妙に腑に落ちて、どうしようもなくその体を抱き締めたくなった。



引き寄せられるように、その赤く腫れぼった膨らみを舐めて舌を捩じ込む。おずおずと差し出された狩屋のそれと夢中で絡めれば、重力に従って流れ込む俺の唾液を甘んじて享受する、狩屋の恍惚とした表情に支配欲を駆り立てられた。だが、まだ足りない。


どうすれば、狩屋は―――俺はその答えを知っている。


あいつは待っているんだ。俺の口から、狩屋がそれをほどくのに決定的な一言が出る瞬間を。意地とプライドと痩せ我慢が複雑に組み合わされて出来ているようなこの男が、一歩踏み出すきっかけを与えてやればいい。他の誰でもない、俺が。



意地を張っているのはお互い様だ。確かに狩屋は幾重にも屈折した性格の持ち主だが、そんなあいつを組み敷いてこの行為に及ぶ俺も、あいつからしてみればひどく滑稽に映るだろう。不明瞭にぼんやりと霞んでしまった言葉では、狩屋は俺に屈しない。


お互い恋人とは言え甘ったるい砂糖菓子のような恋愛ごっこは望んでいないんだ。俺ばかりが求めているようで釈然としないが、深い深い口づけの合間に必死に酸素を取り入れようとする狩屋の姿を見ていたら、つまらないことで頑固になっている自分が馬鹿馬鹿しくなってしまった。いいだろう。そんなに俺の声ではっきりした形が欲しいなら、いくらでもくれてやるさ。






「……まあ、いいか。今回は折れてやるよ」

「は、ぁ……?」

「狩屋」

「、?」

「お前の声が、聞きたい」

「………んな、」






俺を見上げるその目が揺れて、うっすらと貼った涙の膜越しに俺を捉える。窺うような、探るような視線。それでいて頬から耳にかけてはますます紅潮する一方で、その姿はあまりにも無防備だった。
そして俺は思うんだ。どうしても俺は、こいつが欲しい、と。



俺の一言は狩屋にとってはショックが強すぎたらしく、いつもは減らず口の一つや二つでも叩いてみせるのが常なこいつの、やけに潮らしい様子をまざまざと見せつけられて、俺の言ったことはよっぽどだったのか、と柄にもなく照れてしまった。






「……自分で言って、んな顔してちゃ、世話ねえッスね……セーンパイ、」

「うるさい」

「っ、」






やはり減らず口は健在か。唾液を飲み込む度にこくこくと浮き沈みする喉仏に舌を這わせれば、狩屋が息をひゅっと呑んで足先をぴんと伸ばしたのがわかった。
俺は言った。鍵をあいつに手渡した。あとは狩屋次第だ。


互いに一糸纏っておらず、さらに言えば下半身の繋がった状態でのこのやり取りも、そろそろやめにしよう。狩屋もいい加減ツラいだろうし、我慢も限界。隠しきれなくなった欲を瞳の奥底にぎらつかせて、もう一度唇をやつの耳に寄せた。






「センパイ、」

「なんだ」

「……絶対、笑わないでください、ね」

「……合格かな」






ようやく、この複雑な意地の塊をほどくことができたらしい。耳に息を吹き掛けたのを合図に腰を動かしてみれば、狩屋は控えめに「ぅ、あっ」と漏らして、俺の背に腕を回した。背筋をぞくりとした感覚が走り抜けて―――そうだ、俺はずっとこの声が聞きたかった。


(……なんて言ったらこいつのことだ、きっとまた癪だとか何とか言って、口を閉じてしまうに違いない。)


俺は狩屋という人間を知っている。狩屋も俺という人間を知っていた。だから今日も、俺は限りなく透明に近づけた言葉を唇に乗せて、狩屋のそれを覆うんだ。



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