人通りが少ないのを確認して手を差し出したら、「誰かに見られたらどうするんスか。」と、俺の年下の恥ずかしがりやな恋人は、ぐるぐると首に適当に巻いただけのマフラーに口許を埋めてそうぼやいた。昨日も全く同じ言葉を聞いた気がするが、それを言うとこの手をあいつの手と繋ぐタイミングを完全に失ってしまうだろうから、やめておく。



冬の日の入りは早い。冬至を超えて少しはマシになったかと思いきや、寒冷前線は一段とその勢いを増すばかりだ。気ままに流れる風ひとつに肩を震わせる始末。吐き出した二酸化炭素の白さに苦笑する。冬の乾いた空気のせいか、唇がかさついて、痛い。






「この寒さだ、誰も他人の手の位置なんて気にはしないさ」

「そんなのわかんねえっスよ」

「倉間は俺と手を繋ぎたくないのか?」

「不安要素があるうちは遠慮したいッスね」

「それは残念だ」






大袈裟に肩を落としてみれば、ちらりと人の顔色を窺うように倉間が俺を盗み見たのがわかった。フッと笑って見せれば、慌てて顔を背ける。
どうやら意図せずの行動だったらしく、なにやら難しい顔を浮かべては次の瞬間には頬を緩ませる。その繰返し。ころころと表情を変える倉間は見ていて飽きない。



人通りは増えそうにはないが、あと交差点をひとつ過ぎれば倉間の家の前についてしまう。わざわざ送ってるわけではなく、たまたま俺の通学路の途中に倉間の家があるのだが、一緒に帰るたびにそれを怨まずにはいられない。
女子生徒と付き合ったことがないわけではなく、気分次第で家まで送ったりしたこともある。だが、こんなに冷え込む季節でも少しでも遠回りして、少しでも長く、少しでも一緒にいたい、なんて。(この俺が、思う日が来るなんてな。)



夢にも思わなかったけれど、ふと倉間の横顔を見て、そんなことどうでもいいかと思ってしまうあたり、ほとほと俺はまいっているのだと実感した。






「そーだ、南沢さん」

「ん」

「明日、月山国光の練習何時ごろに終わるかわかります?」

「今日と同じくらいだろうな。お前は?」

「俺もたぶん、この時間ッス」

「じゃあ、また正門まで迎えに行くから」






嫌とは言わせない。好きだの愛してるだの、軽々しく口にしたところで倉間はそれを信じないだろう。だから、その代わりだ。


水彩用紙に絵の具を散りばめたような、淡い夕暮れの中でぼんやりと遠くでカラスの鳴く声を聞いた。地面を覆うコンクリートに、車のエンジン音も、子供のはしゃぐ声も、吸い込まれては足元で燻り続けている。



もう一度、名残惜しむように隣を見てみたら、倉間と視線がかちりと合って。(あ、)と思ったときには倉間も慌てて、バッと擬音を振り撒いて顔を逸らしたものだから、今度こそ俺は声をあげて笑ってしまった。






「ふ、ははっ」

「っ!笑わないでください!」

「まったく、何をそんなに恥ずかしがるのかわからないな。お互い様だろ?」

「……っ」






空を水で薄く溶かしたような髪から覗く耳が、じわじわと赤く染まるのを見て、込み上げてくるこの気持ちをどう倉間に伝えよう。軽く頭を撫でてみれば、パシンッとすぐにその手を払って「子供扱いしないでくださいっ」ってムキになって、拗ねるこいつが。


俺は、好きなんだと。これは恋なんだと。そう、思わされてしまう。






「………南沢さん、」






「なんだ。」と返す間もなく、今しがたはね除けられたばかりの、空をさ迷っていた俺の手を倉間が引いて歩き出した。交差点から信号を渡って、左へ。倉間の家は真っ直ぐだと言うのに。(ああ、こいつも俺と同じ気持ちであればいい。)



頑なに繋ぐことを憚られていた指と指が、今は絡み合ってじんわりと、温もりをその手のひらに重ね合わせている。ぎゅ、と力を込めてみれば、同じように握り返してくれる、辿々しいその指先がこれほどに愛おしい。






「………ちょっとだけ」

「うん」

「ちょっとだけ、遠回りしたくなりました」

「俺も」

「寒いのにスイマセン」

「風邪ひいたら看病は頼むぞ?倉間」

「へへへっ任せてください」






ほら、そんな顔をしてお前がまた笑うから。今日は生憎、緩む口許を隠してくれるマフラーを持ってきていない。仕方ないか、と倉間を徐に引き寄せて、かさついた唇をあいつのそれに押し付けるまで、そう時間はかからなかった。



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