狩屋のことを本気で、すごく好きだなんて思ったことは一度もなくて、それなら何であいつを選んだのかと問われたら答えに困るけど、そうとしか言いようがないのだから仕方ない。




今日もグラウンドの隅で西園や影山とボールを転がしながら何やら話しているエメラルドグリーンに近い、それはまるでパレットに少しずつ出した青、緑、仕上げに金色の絵具を限りなく丁寧に練り上げたような碧の髪を視界の端に探す。


そしてそれを捉えた瞬間、ハッと我に帰るのが最近ではもう日常と化していて、苦笑した。今日でもう三回目だ。




俺は言った。「俺の、恋人にならないか。」あいつは言った。「そういう薄ら寒いギャグはマジ笑えないんで。ざけんな。」




あの日狩屋に好きだと言えば、もしかしたら何か変わっていたのかもしれない。「冗談の通じない奴だな。」と俺が笑い飛ばさずに、はっきりと伝えれば、狩屋は何と答えただろう。いや、そもそも俺は狩屋に何を伝えるつもりなんだ。



これは恋じゃない。俺だって、人並みに誰かを好きになったことはある。初恋は小学何年生かの時だ。
クラスでたまたま隣の席になった、長い睫毛と白い肌が魅力的な女子だった。告白もしないままに卒業して、彼女は公立の中学へと進学。


今思えばそれで良かったのかもしれなかった。後から当時同じクラスだった同級生に聞いた話によると、その子は神童が好きだったらしい。初めて味わった何とも言えない複雑な気持ちは、今でもしっかり覚えている。



けれど彼女に淡い恋心を抱いていたあの時の俺は、確かにそれが恋であることを自覚していたし、恋とはつまり何なのかを少なからず理解していたはずだ。




それが、このざまだ。
狩屋のことを本気で好きだなんて思ったことはないし、あいつを思うだけで温かい気持ちになれるとか、幸せになれるとか、そんな甘い砂糖細工みたいな恋心をこの関係に見出だしたこともない。なら、どうして―――それは俺が聞きたいくらいだ。




俺が思うに、狩屋マサキという男はひどく厄介で複雑な性分のように見えて、その実単純だった。
言葉と本心が互いに互いを隠し合い、不意を突けばその薄っぺらな強がりはあっという間に形を失う。そのくせ自尊心だけは人一倍で、つまり一言で言えばあいつは天の邪鬼だ。


俺は神でも仏でもないから、反抗されたら頭に来るし、暴言を吐かれたら掴みかかってやりたくもなる。



それでも許してしまうのは俺が年上で、先輩だから。天の邪鬼な後輩を可愛いだなんて、ましてそれが後輩へのそれではなく本来は異性に抱く感情だなんて、そんなことあり得ない。あり得ない、けれど。






「霧野せーんぱい」






不意に話しかけられて、しかもそれが今の今まで散々悶々と思考を巡らせていた、質の悪い後輩で、柄にもなく動揺して「な、なんだ狩屋。」と返事も上擦ってしまった。



バレてなければいいと思うけれど、こいつは表情やら何やらで人の心を読むのがうまい。きっと俺の動揺にも気づいて、そのうえで知らないふりをするだろう。それが狩屋だ。






「さっきからすごい顔してましたけど?アンタ、人には練習に集中しろって言うくせにねェ」

「……ああ。確かに俺が悪かった。気を付けるよ」

「へぇ、また随分あっさりと」

「自分に非があることくらい、わかっているさ」

「ふーん。まあ、別にんなこたァどうでもいいんですけどね。俺に謝られても困ることだし」

「はは。じゃあお前は嫌味を言うためだけに、わざわざ俺の所に来たのか?」

「もちろん」






にこり、と清々しくもその内に悪どさを潜ませた笑顔を俺に向ける狩屋。遠くで西園たちが、俺たちを一瞥して呆れたように苦笑しているのが見えた。狩屋が俺につっかかってくるのはいつものことだ。いつもの、ことだけど。






「狩屋」

「なんすかー?俺、何かセンパイの気に障るようなこと言いましたっけ」

「お前は、もう少し自分のことを理解した方がいいよ」

「は」

「全部バレバレだから」






そう、小馬鹿にしたようにフッと鼻で笑ったら、狩屋は俺の言っていることがようやくわかったのか「んな……っ」と目を丸くして、それから微かに頬を染め上げた。



嫌味を言いながら俺の心情を探ろうとする、あいつはきっと上の空な俺を気遣っていた。
そう考えたら何だかおかしくて、噛み殺しきれなかった笑いを溢したら、さらに狩屋が肩を震わせて唇を噛んで。耳、真っ赤だし。






「馬鹿だなあ」






思わず口を突いて出た言葉は、狩屋の「それ、そっくりそのままセンパイにお返しします。」って可愛くない反撃に弾かれて、ああ確かにそうだな。俺も馬鹿だった。お互い様だ。



狩屋を本気で好きだなんて思ったことはないし、こいつが可愛く見えたなんてこともない。小生意気で、嫌味で、口が悪くて、どうしようもなく手のかかる後輩。だけど。




狩屋が、ただそこで呼吸を繰り返しながら佇んでいるだけで、不思議と何もかもが瞬いて見える。グラウンドが息づいて見える。世界が、澄み渡っていく。(そう、だからこの気持ちに名前なんて要らないさ。)
あいつの隣で見る景色はこんなにも色づいて、綺麗だ。それだけで充分だろう。



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