「あっ、たけぇ……」
しみじみと、心底下半身から上へと徐々に広がるその暖かみを噛み締めるかのように、そう漏らした綱海さんがなんだか可笑しくて思わず笑ってしまった。
なるべく声は出さないように控えたつもりだったけど、しっかり綱海さんの耳には届いていたみたい。「なに笑ってんだよ、立向居。」ってぶすっと眉間に皺を寄せて。意外と地獄耳なんだなあ。
「すみません、つい。」って弁解しようとしたけど、やっぱりなんだかそれも可笑しくて。綱海さんが段々と頬を膨らませ始めたのを見て、くすくすと微笑を漏らすしかなかった。かわいいって言ったら、きっと本格的に拗ねてしまうだろうから。
「それにしても、今夜は本当に冷えますね」
「だなー。沖縄と福岡じゃこんなに気温が違ェのか」
「やっぱり向こうの方がずっと暖かいんですか?」
「そりゃ決まってんだろ」
沖縄じゃ冬に炬燵なんて出さねえしな、とさらに肩を狭めて暖を取る綱海さん。さっきまで食べていた蜜柑の皮がしんなりと、仄かに甘酸っぱい匂いを漂わせていて、それが鼻腔を擽る。
俺も食べようかな、とふと思ったと同時に、綱海さんが篭の中からひとつ、葉っぱがついた蜜柑を俺に放り投げた。慌てて受け取ったそれは、身がぎっしり詰まっているのが一目でわかった。
「お前も食えよ、立向居。うまいぜ」
「……綱海さんはちょっと食べ過ぎですよ。肌、黄色くなっても知りませんからね」
「んなこと海の広さに比べたらちっぽけなことだろ?」
「海の広さと比べるようなことじゃないですってば」
「だってしょうがねえじゃん、うまいもんはうまいんだからさ」
手際よく皮を向き、色素の薄い甘皮ごと適当に口の中に放り込んでいく、その一連の流れを俺はただドラマのワンシーンでも眺めるかのようにぼーっと見ていた。本当においしそうに食べるなあ。
咀嚼してはほんのわずかに口元を緩ませて「うっめえー……」としみじみ呟く綱海さんの、少しとろんとした目尻にキスしたいな、なんて。不意に思ってしまって慌てて首をぶんぶんと横に振った。いけないいけない、折角の穏やかなひとときに。
「じゃあ、俺もひとつ」
苦笑も程々に、今しがた受け取ったばかりなのに俺の手の熱がすでに伝わって温まってしまった蜜柑の皮を、時間をかけて丁寧に剥き始める。
パッと剥いてパッと食いやがれ、男だろぉ?と綱海さんならすかさず口を挟むんじゃないかと思っていたけれど、生憎彼は彼でまた別の蜜柑に手を伸ばしている。って、まだ食べるんですか。(俺の話を聞いてるのやら聞いてないのやら……。)そうは思うものの、綱海さんの満足そうな笑顔を見るたびにそんなことどうでもよくなってしまうあたり、俺は本当に彼に弱い。
「いただきます」
「おう!食え食えっ」
「俺が買ってきたんですけどね、これ」
「え?俺のためじゃねえのか?」
「はは……そうに決まってるじゃないですか」
「だろ?へへっ!さすが立向居、惚れ直したぜ」
バカな俺は綱海さんのそんな、口から勢い任せに飛び出した一言にさえ反応して、心臓がどくどくと音を立てて血流が速くなって。(俺ばっかりが意識して、なんだか悔しいけど。)
顔に熱が集まったのは照れてるんじゃなくて、きっと炬燵のせいだ。体が熱くなりすぎて、火照ってるに違いない。落ち着こう、と蜜柑を口に一粒放り込んで噛み締める。口に広がったのは少しの酸味と甘味、それから例えきれないほどの幸福感だった。
「……綱海さん、今日はもう蜜柑禁止ですからね」
「ええっ!?何でだよっ」
「もうそれで何個目ですか!ダーメーでーすっ!」
「ちぇーっ……」
「……そんな顔してもダメですって」
さっきまでの笑顔はどこへやら。口をすぼめて目を細め、ついでに情けなく眉を垂らしたその表情はお預けをくらった犬みたいで、普段俺の方が犬扱いされている分それが可笑しくって、今度こそ声をあげて笑ってしまった。
そうするとまた綱海さんはご機嫌ななめになってしまうわけで。手元の蜜柑にちらりと目が行ったけど、それじゃ何の解決にもならない。やれやれ、これじゃどっちが年上かわからないなぁと、けれど募るばかりの愛しさを唇に重ねて、「こっちで我慢してくださいね?」と綱海さんのそれを言葉を紡ぐ暇も与えずに覆った。