黄昏は世界を誘う。夕焼けに霞む地平線は絵の具でいくらぼかしても、消えない。
俺たちを見下してわらうあの空は今日も地球の天井に張りついたまま、誰かの涙を海に還してエゴイズムに浸っているんだ。薄っぺらい群青がほうき雲の下に。ただの悪寒だ。



強かな風が舞う、仮初めの秋はすでに崩れ始め緩やかに、それはもうひどく緩やかな速度で冬の訪れを感じさせる。
乾いた空気は僅かに春への期待を抱いて海の水面上を流れて吹くだけであると、そう誰かが嘯いた。
そこにはなにもなかった。



俺の手を豪炎寺が包み込む。躊躇いがちに指先が触れ、おずおずと、けれど確かめるように二つの掌が重なる。

今しがたまで茜色に染め上げられていた海水に浸されていたその手は、俺の乾いた体温を奪い急速に暖められていった。同時に濡らされた俺の手の平は、微かな温もりを孕んだまま風に曝されるだけだ。





「なんだよ、急に」

「触れたくなっただけだ」

「へえ、そう」





気づいていないだけで、俺の知らないところで季節は移ろい、環境も周囲も、心も移ろい、俺たちはいつだって一人取り残されたままで呼吸しているだけなのかもしれない。



孤独を感じないのはあくまでも孤独を認識しないからで、なら今こんなにも寂しいのは俺の隣に居座る豪炎寺が恋しいからなのだと、頭の片隅で理解した。
そこにはなにもなかった?



疑問符は人をバカにする。自問自答で約束されているものは自由ではない、ただ箔が付くだけで答えは失われたままあるはずもない。
駆け抜ければ見つかると信じていた青い春は去った。冬が近い。



海の底に俺たちが抜け出してきた街のシルエットを垣間見た。もうすぐ月が出て、茜色もすぐに夕闇に変わり、静かに冷たく俺たちを照らすんだろう。
そこにはなにもなかった、





「空っぽ、だ」

「風丸」

「俺たち空っぽだな、豪炎寺」

「……」

「それでもいいよ。俺は」

「…………風丸」

「空っぽでも…かまわない」






否定されて、否定されて否定されて否定されて、拒絶されて。
それでも捨てきれなくて、二人でここまで来た。



海なら軽蔑も嘲笑もやさしく包んで涙すら溶かして、俺たちを迎えてくれる気がしていた。
それでも時の流れには誰も逆らえなくて、何も隠せない夜がもうすぐやって来る。


どこにも逃げられないなんて、この心臓が動いているうちは、このしがらみはほどけないなんてことはぼんやりとわかっていたことだ。
そこにはなにも、






「俺はお前がいればそれでいい。風丸」






思えば始めから、その一言を聞けたならそれだけで良かった。


重ねた掌に指を絡める。滑り落ちた水滴が熱を帯びたまま浜へ還る。何も怖くないと思った。真実だった。
そこには、





「空っぽでもいいんだな」

「ああ」

「何もかも、手放さなきゃいけなくても、豪炎寺」

「風丸が埋めてくれるんだろう?」

「出来る範囲で良ければ」

「充分だ」

「俺も空っぽなんだぞ」

「俺が満たせばいいだけだ」

「うん。その通りかもしれない」




口元が緩んで、豪炎寺が寒さにみじろいだ瞬間をはかって、頬の赤みを誤魔化すように抱きついた。
そこには、たったひとつ。
なにかが。



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